サイトアイコン Youは何しに真庭へ

研修医のための脳外科カンファ 108回目  2022年10月4日

DarkoStojanovic / Pixabay

9月はウェブ公演の座長2回、出張1回など行ったり来たりで、忙しすぎた。
一回でも、研修医のためにしておこうと行った。

症例1 50歳代 右慢性硬膜下血腫

50歳前半台の慢性硬膜下血腫は、きわめて珍しい。麻痺よりも頭痛で来院。
右側の慢性硬膜下血腫のためか、情報がいまいち正確にとれない。
盲点は8月初めに脳ドックを受けて、全く画像が問題なかったこと。
9月半ばに頭痛で内科受診。8月はじめのMRIをみて画像は問題なしと判断して帰宅。
9月末にも激しい頭痛で救急車とドクターヘリを要請して、
ドクヘリの人たちは脳卒中ではないと帰ってしまった。そして救急車で当院へ。
当院でも、内科医が「画像はきれい」と8月初めのMRIをみて判断。
帰宅しようとしたら病院の駐車場で動けなくなって、車椅子に乗って帰ってきて脳CTを撮ると大きな右慢性硬膜下血腫があると判明。脳外科に相談となった。
そのつもりで聞くと、2,3日前から左足が動きにくいなど症状はあり。転倒もしている。
原因となる外傷、転倒はないが、「プールで回ってから耳に水が入ったのか、耳鼻科など受診した。後頚部、後頭部も痛くなった」との発言。プールに行った時期も、数ヶ月前とか数日前とかよくわからない。翌日、穿頭洗浄術。
退院前に、だいぶしっかりした時点で、「プールに行った時期、プールで回った」とはどういうことが詳しく聞き直した。どうも、水泳のターンのようなまわり方ではなく、身体を頭から足先を長軸としてきりもみ状態で回ったと判明。なかなかプールの中でそのような動きをするヒトはみたことがない。こちらも想像もできなかった。泳ぎではない。前に進まない。そのときに回転加速度が頭にかかり架橋静脈がきれた可能性がある。脳ドックの1週間前の出来事のような。脳ドックの時は、頭痛は軽減していたので訴えなかったと判明。しかし脳ドックのMRIをみなおしても、少量の出血もない。その後に、脳ドックの1週間後に帽子をかぶっていたが頭を打ったと思い出した。それが原因かどうかも不明。慢性硬膜下血腫も奥が深い。その前に内科に食欲不振で独歩来院したヒトも大きな慢性硬膜下血腫があった。この方は脳ドックが8月初め、頭痛は9月中旬からと脳ドック直後に何らかの受傷機転があったということになる。1ヶ月半の間に均一に貯まったということ。
「問診も信用できないこともあり、画像は撮らないとだめ」と勉強になった。

症例2 20歳代 海馬硬化からの手術症例

自分にとっては非常に勉強になった。高校生の時に発症した、典型的な若年性ミオクローヌス発作。PET-CTで右側頭葉前方、海馬の血流低下あり。MRIの前額断でもFLAIRでは右海馬はややhighに見える。抗てんかん薬2剤でもコントロール困難。いわゆるEMU(脳波モニターユニット)に入院。夜にスーッと血の気が引くような感じの時も、脳波異常が出ていたような。全麻下でATL(前方側頭葉切除術)の適応であった。知識としては、手術後も5年間は抗てんかん薬を飲み続けないといけないということ。術後は、頭痛もてんかん発作も消えた。

症例3 60歳台 自己免疫性辺縁系脳炎

これは、以前は非常にわかりにくかった。まずは、急激な認知機能低下があった。その時のMRIでは、両側海馬も一見すると正常にみえる。その2週間後、転倒。同日夜間に痙攣発作で救急搬送された。翌朝のMRIでは、右海馬、扁桃体、脳弓がFLAIR画像でhighに見える。腰椎穿刺をしても細胞数が3個/μ3しかない。細胞数が増えない脳炎となると、ヘルペス脳炎は否定的。ヘルペスの遺伝子も、抗体も提出したが陰性。専門病院に救急転送.
専門病院としては、自己抗体を網羅的に調べる。
有名?な抗体は、NMDAR抗体、これは「何年目かの花嫁」という映画になった女性の抗体。VGKC複合体抗体、LGI 1 抗体、Caspr2抗体、GAD抗体が血清あるいは脳脊髄液から検出されるかどうか。
この女性は、LGI1抗体による脳炎だった。調べると、60歳前後で、亜急性、急性に記憶障害、てんかん発作を起こしてMRIで高頻度に病変が認められると記載されている。その通りの経過であった。ステロイドパルス療法を3回行って、以外と認知機能も保たれて帰院してきた。
昔からの「わからん時のルンバ-ル、困った時のステロイド」はこの症例に対して100 % 当てはまった。てんかん発作、意識混濁の時点で、脳炎を疑ったのは正解だった。

症例4 80歳台、高齢者てんかん

以前は、脳梗塞で入院歴あり。その後は日常生活ができず、ロングショートステイの最中であった。一ヶ月前も右上肢麻痺、流涎などで救急搬送された。TIAかてんかん発作かのどちらかだろうと思われた。MRIとっても新しい脳梗塞(-)。
認知症も完成形。ものすごく「帰宅願望」が強いとのことで一旦帰宅。
一ヶ月後に、椅子にすわっていて意識低下、反応性低下などで救急搬送された。以上のことから高齢者初発なおかつ脳梗塞後の複雑部分発作であっていると思われ加療を開始した。入院後2週間経過して、親族の方から初めて話をきけた。それは「以前から、畑仕事をしていても急にわからなくなったりはしていた。てんかん発作と説明を聞いて、初めて納得できた」とのこと。
その後の経過は大変だったが、また別の話なのでここまで。

他にも症例はあったが、今回の記載はここまで。

 

モバイルバージョンを終了