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2026年 3月 毎日の生活

働いた病院には、それぞれ歴史があり、
それぞれに特徴的な医療をしてきた。記載方針
1)2026年2月から働いている病院を「O現病院」、「今の病院」
2)直前の8か月研修に行った病院を「O1前病院」。髄液漏の技術研修。
3)その前の8年8ヶ月通った半単身赴任の県北、真庭市の病院を「M2前病院」
  地域医療中心。高齢者多く「認知症専門医」、「認知症サポート医」取得。
4)その前の岡山市の病院、都合12年間働いた病院を「O3/5前病院」
  (前期3年7か月、後期8年5ヶ月にわかれる)専門病院で手術をたくさんした。
5)岡山市の病院から赴任した高知県県市病院合併の大きな救命救急センター
 「K4前センター」と記載。ドクターヘリに乗ってその後、救急専門医取得。
6) 
その前の大阪の病院は1998年から2001年なので「O6前病院1998」とする。
7)それ以上の前は、専門医を取りたての高知県の「K7前病院1995」にする。

3月1日()昼に駅近の街中の「高○○デパート」に行ってみた。15年ぶりぐらいか?あまり記憶にない。途中から頭痛がしだしてしんどくなった。自宅に帰って横になったら、そのまま3時間以上寝てしまった。夜はE-taxをいれた。なんと、8ヶ月間非常勤だったので額面の収入が700万円減っていた。それまでは、病院の産業医、なんとか委員会のトップなどいくつも雑用していたので、役職手当があったがそれらもなくなった。雑用?が消えてよかったが、非常勤で賞与もない、出張費もでないので、額面の収入、実収入も激減した。前年の収入にかかる税率は、前々年の収入から計算した税率なので、余分になんと所得税を130万円以上払わないといけないと判明。こんなことなら、もっとふるさと納税で30万円でも購入しとけば、10万円分の食料が手に入っていて、後で余分に払う金額も100万ですんでいた計算になる。奥さんと二人で、計算の甘さにがっくりと泣いた。しかし毎月の額面の収入が減っているときに、さらにふるさと納税を購入する勇気がありましたか?という質問になる。住民税も昨年7月に160万円支払ったとのことで、一見すると1000万円は一年間でマイナスになった計算。住民税はもともと払っていたけれども。
喫緊の課題は、スマホを新しくすること。データもPCに移行できなくなっている。ちょうど、シャオミのウルトラ17が発売されるらしいが、SIMフリーなのでdocomoは扱っていない。今現在のスマホがPCにデータが移行できない状態でもあるし、ドコモで取り扱っていないことの上にFelicaに対応していないなどNFCの問題もある。カメラが趣味だったが、源流のフライアングリングにはミラーレス一眼を持って行ってレンズがこわれたり、散々だった。それで写真がきれいに撮れるスマホがほしかった過去の経緯がある。それ以上に20万円という金額が今の自分には払えない。当面は安いスマホで2年ぐらい我慢する決意をしました。とにかく節約して、少しでも投資に回すのが大事。
しかし「今の病院」は、朝は車で20分でつけるので本当に楽。今までの県北の「M2前病院」までの高速乗るまで25分、そこから高速45分、降りて10分で1時間20分のドライブは、週に2回朝夕と移動すると本当に疲れだした。若い時ならそれでよいが、いつまでもは身体が持たない。高速道路で眠くなるときつい。危ない。最初の半年で3回、速度違反でも捕まったのも痛かった。
  3月2日(月)認知症学会のウェブセミナーは9000円だったが出張扱いで費用がでた。これも「常勤」になったからこそ。直前の非常勤の「O1前病院」では一銭もでなかった。午後外来13時から17時まで、「リハ前回診」が大半なので、それほど頭は使わない。その後17時から19時までの居残り外来をした。18:50には来なくなって終了。大変多い。

3月3日(火)朝から手術に「O1前病院」に、なんとなく、朝起きて、自宅からメインの駅までの通路。この橋の上では右車線。あの左に見えるホテルの角の交差点を右折、次の派手な看板のかけたホテルの次のホテルを左折。大きな道を渡れば、それで駅の西口に出られる。どこをどのように通ればよいか。さらには、地下の駐車場のどこにおけばエレベーターでうまく上がれて駅への連絡路に出られるか。雨には当たらないで移動できるかなどが完成した感じ。昼の弁当も購入していけばよいが、どれもこれも1300円ぐらいするので、そこまでは不要な印象。帰りの新幹線の中でのんびり食べられるのはよい。

3月4日(水)
3月5日(木)

3月6日(金)なんとかかんとか7時の迎えに乗って、県北の「M2前病院」へ。とにかくノンストップで1時50分まで外来を行った。急いで昼食をたべて、14時からの午後の外来を開始した。15時半からは脳ドックの説明をした。脳ドックの電カル場の「ワードパレット」から文章を選んで結果を記載した。この項目別の文章をコピーしたかったが、時間がなかった。これは、文章を選べば、受診者ごとにパーソナライズできた、見事な説明文ができることになる。なんとか抜き出して、次のところでも活かしたい。夜はなんとか2名の診療情報提供書を書いた。疲れた。これで遠方から来てくれていた患者さんの大半の診療情報提供書はほぼほぼ済んだ。驚いたことは、
3月7日()8時直前から朝食、その後は、8:45分から外来を開始した。9時までに6名みないといけなくなっていた。とにかくやり抜いて、12時半にはなんとか終わった。昼食をたべて、13時半には帰りの車に乗って帰ってきた。その後に、「今の病院」に行って、月曜日に施設に帰る人の検査データをみた。また診療情報提供書の続きを書こうとしたが、どこに格納されているのか1時間探してもわからなかった。あとは、元から長期間働いていた先生と雑談をして帰宅。疲れていたので、23時過ぎから爆睡した。
3月8日()街中の「天〇〇アパート」に行った。北海道物産展があって、楽しかった。売り物は全部高価だった。街中の「ア○ラーコーヒー」というドイツ菓子とドイツコーヒーの店に行った。おいしかった。帰宅後は、ドコモへの予約。
3月9日(月)この日は、大変。午後に退院するヒトの診療情報提供書、処方。説明。日曜日の入院のヒトの主治医になっていると連絡。さらには大学での実習、ハンズオンがあるが、(土)(日)にあると金曜日の晩にメールが来ていたので、今週の土曜日は途中で出ていくことの段取り。他のヒトに留守番のお願いをした。月曜日は13時から17時まで外来。その後さらに2時間居残りで外来。合計6時間診察室にいた。その間に病棟を少しでも回った。最近、カフェイン入りのコーヒーを飲まなくなったので、眠くなりやすい。確か「ザグザグ」で50%カフェインのドリップコーヒーが売っていた。朝は100%カフェイン入り。昼は50%カフェイン入りにしようか検討中。
この日に、有名な脳外科の先生の本の抜粋の記事がでていて、脳が疲れる要素は
1)スマホをベッドサイドにあげて寝る前も見ること。ダラダラ見ること。
2)睡眠不足、
3)マルチタスク。
の3個らしい。月曜日の晩は、スマホは布団の中に入れて触れないように、遠くの絨毯の上にころがしておいた。よく寝むれた印象。あればAudibleをつい聞いてしまう。
3月10日(火)朝早く起きすぎた。7時20分には自宅をでて、8時前にJRの駅近の地下駐車場においた。なんか、毎日、朝は、飲むヨーグルト一本だけの生活になっていて、体重も2.5kg以上減って、なんか元気がでなくなった。カフェインフリーも問題なのであろう。ということで、駅でおにぎりとジュースを買って新幹線の中でたべた。なんか眠くなった。目的の駅の、一つ前の「F駅」を出発したので、次に降りると思って準備していた。新幹線が止まった。降りたらびっくり、そこは目的地の駅の一つ向こうの駅であった。一瞬、寝てしまったのであろう。まさにタイムスリップみたいな感じ。マイクロスリープの長めのものか。反対側のホームにいったら10分後に新幹線が来た。何とかそれに乗って、帰る形で目的の駅でおりて、タクシーで病院へ。患者入室時間より5分ぐらい遅れて到着。頭部固定などから始まって手術は全く問題なく終了した。驚いた。疲れがだんだんたまってきたのか。晩は、寝る前にスマホは、ベッドより遠くの絨毯の上に転がしておいて、布団の中で見ることは止めた。
3月11日(水)朝、インスタントのカフェイン入りコーヒーを飲んだ。それと飲むヨーグルト1本。STROKE2026(学会)へ申し込んだ。20000円。専門医の維持は必要なのか。だれももう、自分が何を持っていようが気にしないとは思うが。今回は大阪だが、もう学会出席のための移動、宿泊が、大変なので全部webにした。少しは点数が稼げるだろう。

3月12日(木)今日は「早出」で8時から。8時半に救急車が来た。日々、感謝しているのは単身赴任先の県北の田舎の「M2前病院」で、夜の弁当会というか、内科の薬、DM、肝臓、便秘、花粉症などの薬に関して勉強会が沢山あったので、自分は外に食べに行くのが夜は大変だったので、弁当を食べる代わりに聞き流しながら聞いていた。それが、いまになって、急患みたり他の患者を診たりするときも、本当に役立つ。脳外科にとっては雑学みたいな印象だったが、全く知らないのと、とにかく説明を一回でも聞いたのではだいぶ違う。
その後、退院への診療情報提供書を書かないといけない患者が2名。
午後13時から外来。17時までに横から救急車が3台きたが、どれもこれも救命救急センターで働いていた自分からすると、こんな軽症でも救急車なのか?とびっくりするようなレベルだった。さすがは街中であった。自転車でこけて肘の骨が折れていたり、自転車で移動中に車に押されて転倒したり、駐輪場で躓いておでこを切ったりと、街中であっただけに、「自転車」で「夕方」という条件は同じであった。
17時過ぎまで頑張って仕事、その後17:40にはドコモの店について「何でもよいから機種変更」というと、「それも困る」とのこと。「これぐらいでよいですか」と聞かれ、適当に「よい」ですと返事。1台だけあったので、「まず色をみてもらって」と聞くので、色も見ずに「それでよいです」と返事。こちらは今のスマホが写真もデータも外にも出せなくなったので、とにかく2年間は安い機種で我慢すると言うそれだけの気持ちなので、ショップ内でデータ移動できれば、そこから外に出せるとおもっていたので全くこだわり無し。その後、写真、データを移動させて終了したのが20:30。店を出たのが20:40と遅い時間までありがとうございました。ほぼ3時間の手続きでした。写真が数千枚とのこと。しかし、その日は「救急車も、朝もふくめれば4台受けた。全員独歩退院できた。」「スマホも新しいものにかえた」ので、達成感のある一日でした。結局は「Galaxy S25 SC-51Fの256 Giga」というモデルであった。データは移行しても、ログインしてはいってというものは全く移動していないので、よく処方する薬のリストなどは「ノート」型のアプリにいれているので、それは移行?できるのかな? ネットにつながっていれば移行はできるとは思う。確かにグーグルカレンダーの予定表とドコモのスケジューラー
は移行できていた。「そのスマホのみの入れ込んだアプリの内容」は無理であろう。一日2個ぐらいずつアプリを移行、内容も移行させていこう。銀行決済のものなどは、なんとかインストールした。やはり時代はスマホになっている。しかし、モバイルSuicaなどは、まだカード単独が安心かも。自宅に帰って、強化ガラスの保護ガラスとケースをアマゾンであっさり注文した。あれもこれも充実した一日でした。
人生の3rd lifeが始まっている印象。
3月13日(金)今日は楽な日かもと朝は思った。午前も午後も外来はなく、県北の「M2前病院」にも行かなくて済む。8時前に病院に到着。土曜日の退院の患者さんの段取り。サマリーを記載した。その後、なんとまた一人入院となっていた。別件で、なんか地域のタブロイド判の情報新聞みたいなものに、病院、自分の宣伝のために載せるためのインタビューがあるらしいが、内容に関して事務の人が聞きにきたので、内容を話をした。まあ、早めに帰って、スマホのカバーグラスとケースが来ていたので装着した。びっくりしたのは「ノートメモ様」のアプリをいれて、移動をいれたら前の機種にいれてあった内容が移動したこと。薬の内容から、県北の病院への移動する際の持って行くものリストなど雑多な必要なものを全部込みでいれてあるので、これがないと大変面倒。あっという間で、すごい。一つづつ前進。

3月14日()知らなかったが、自分は土曜日、早出の当番らしかった。いつも7:48頃には医局に入ってタイムカードを押していたので、別にこまらなかった。しかし、8時前にでて、9時から外来。最後に紹介状を持ってきた患者さんが来院。11時すぎまでおこなって、後は大学に「臨床、なんとかかんとか実習」と自分ではよくわかっていなかった実習に11時半からなので行ってみた。答えから言うと「場違いも甚だしい、アウェイ感いっぱい」であった。今のエコーはよく見えるということがわかった。全国から来た出席者の気合い、講師の先生の意欲には圧倒された。皆、これから、その方面で一旗揚げよう、専門になろうと言う人たちばかりであった。14時には切り上げて退散。疲れてねてしまった。
夜に兄から「カメラのSDカードをPCいれたらサムネイルが写真しかモニター上にでない。空白の部分をクリックしたら動画が再生される」との電話をもらった。以前に、自分は受け取る全メールで「画像はださない」という設定をしていて、うまくログインができないことがあった。どうすれば、ログインができるか会社に電話したら、「空白の部分をクリックしてください」と言われて、クリックしたらログインできたので、それ以降は、その会社からのメールには「画像も出す」という設定にした。おそらく似たような設定になっているのだろうと思った。しかし、話を記載すると一直線で簡単にも聞こえるが、いったいなにをどのように訴えたいのか全く最初はわからなかった。拡張子がどうのこのとかいろいろ考えたのであろう。1時間半ぐらい電話で相談をうけて、翌日の朝からの実習のこともあり、ヘロヘロであった。それでも、その家族の中では一番PCの使い方などは知っているらしいのがまたすごい。

3月15日()朝7時10分には、奥さんが息子のところへ出発。気晴らしにもなるとは思う。次に自分が7時40分には出発。朝8時から大学で前日の実習の続き、自分たちは特別に別コースでさせていただいた。解剖で少しわかった程度。12時過ぎには帰宅。疲れて寝た。17時ぐらいには、おきて、あまりに毎日毎日、用時が多いのでストレスがたまりまくり、1時間だけ近所のカラオケに行った。Z市で練習していた歌は85点はなんとか出せるようになっていた。問題は、2b下げるか3b下げるかでいつも迷う。その間という印象。半音の違いは、耳でもわかるし発声の段階でもずれているといわかる。

3月16日(月)この日も大変。17時まで外来。急いで帰って手品の練習、手が全く動かない。コロナ禍で全くしなかったこともあるし、生活がかわったこともある。まあ、当時の大変な記憶がよみがえったが、指の動きはよみがえらなかった。19時半からホテルで認知症の点滴の講演会。その後、久しぶりの懇親会。むしろ人事というか異動の話を久しぶりにあったヒトに聞いた。その方は、最後の責任がとれると言うキャラではないので、そのポジションに心配した。今までの人事は、すべてトップにはならないように、なりそうになれば違う部門のナンバー2,3になるように異動していたヒトが、大丈夫なのか心配。
  後は、近くの銭湯に行った。22時に出発、23時に帰宅。それから手品の練習。なかなか、コツを思い出せない。早く寝ないと。

3月17日(火)この日は「O1前病院」に出張、手術。この日は北海道から見学の先生がいたので、途中からきれいに見えるように手術用顕微鏡で手術をした。それ自体は問題なく終了。
なんとなく、駐車場代が、駅近の地下の駐車場は行って帰っての時間で1650円もするので、もっと安いところはないか検討。反対側の普通のパーキングで一日1000円というところがあった。時間は5時間ぐらい置くので1時間200円でも結局は1000円ぐらいなので、晴れの日はそこにおけば650円は浮くと判明。駅までも240mなので5分もあればあるいていける。次回はやってみよう。新幹線の回数券は廃止された。スマートEXが安いか調べてみよう。株主優待券なら、JR西日本は5割引らしいが100株で年に一回分しかないらしいので、どうか。まずはスマートEXであろうと調べたが、「距離が近すぎて」割引は一切なし。駅から病院までタクシーで2000円。これも高い。10分で到着するが、新幹線片道30分3100円と比べると、価値観自体が異なる。調べたら新幹線の駅から病院までバスがでている。26分で到着。問題は、朝8時24分に新幹線が到着、バスの出発時間が8時26分。2分で乗り換えができるか。到着してドアが開いた瞬間に走り出して、改札を抜けるまで30秒、それから下へ降りていくまでに30秒から45秒、出発しそうになるバスに「自分も乗せて」と叫んで乗るまで30秒。乗れたら病院まで170円なので、1800円の節約になる。無理かな?。帰りはますます無理で、21分発の新幹線があって、駅に到着するのが21分という同じ時刻。これは絶対無理であろう。うまくすれば往復4000円が340円になる。一回の手術の手伝いで3600円節約できて、駐車場で650円節約できれば、4250円の節約になる。まあ、時間さえあればそうするが、午後に「今の病院」での仕事がなければ、一本新幹線を遅らせてバスで病院から駅まで行けばよい。まさに「コスパ」と「タイパ」のせめぎ合いである。一回で4250円の節約は大きいが時間がかかる。そもそも、手術の手伝いに行くのにタクシーチケットもくれない病院側の問題ではないかという印象があるがどうなのか。当直に手伝いにいっている先生にはチケットが出ているらしいが。まあ、トライしてみよう。

3月18日(水)この日は、外来がないので、仕事はあまりない日と安心していたら17時前に「帯状疱疹の独居、高齢者」の紹介があり、入院となった。皆さん、簡単に仕事を依頼してくれる。まあ良いけど。夜は自分の歓迎会があった。手品を見せてあげたが、反応の薄いこと。翌日も、誰も、なにも言及してくれなかった。なんか一生懸命、動きを思い出して、一生懸命行った自分がかわいそうに感じた。もう2度としないかも。あほらし。

3月19日(木)11時から地域のタブロイド判みたいなものに自分の宣伝をするようにインタビュアーが来たが、1時間半もかかった。大変。彼の個人的な興味に近いものを感じる。

3月20日()祝日、春分の日。この日は、ファインバブル?のシャワーヘッドを奥さんの希望で購入。ホワイトデイのプレゼントというところ。まあ、自分も使わせてもらえるので、「家用」の買い物。
3月21日()外来、13時ぐらいまでかかった。その後は病棟まわって15時には帰れた。17時には歯医者。まあ疲れがたまった。
3月22日()忘れていた。疲れて寝ていたが、車の点検に持って行かないといけなかった。疲れている。

3月24日(火)この日は、「O1前病院」に早めにでて、運賃をとにかく安くあげてみた。
話を聞いてみると、手術の手伝いを、「報酬」の形で払ってもらえば、「費用」の形で交通費を上梓できるような。E-taxでのために、全部のレシートは残してはいるが、一回出張費12000円を月に4回は大変。こんごは、さらに厳格に領収書を集めておこう。手術自体は顕微鏡を使いだして、より正確に出来るようになった印象。
3月25日(水)
3月26日(木)

3月27日(金)この日は、アマゾンで購入した「アイマスク」を目に当てて、迎えの車の中で眠れるようにした。7時に迎えにくるので、6時30分には起きるが、連日の早起きでフラフラなので、車の移動時間の1時間20分の間は眠るようにした。県北の病院までなんとか眠れた印象。外来患者数はだいぶ減った。というのも今までは県南から自分の外来に通院してきてくれていた患者さんたちを今の県南の病院の自分宛に紹介状を書いたため、皆そちらに移動してくれた。8人?ぐらいは移動できたか。昼の15時15分からは、会議に出席。まあ、8人出席していたが、自分はもう関係ない印象だが、続けるのかな? 謎。
夜は「今の病院」への最後の患者さんにあたるヒトの紹介状をかいた。連日大変であった。これで楽になれそうな感じ。次の仕事で、急がないといけないのは脳外科学会のJNDという入院患者の全例入力をしないといけない。5月末がしめきり。昨年の5月末まで働いていたので、2025年1月からの入院患者をチェックしながら入力開始。夜の0時からはじめて2025年2月半ばの入院患者まで入力できた。後、2,3回来たら入力は済みそう。別件で驚いたことには、3月末で長年働いていた先生方が退職すること。1名はもう机もまっさらにきれいになっていた。子供が3名居るので、学校の事があり早く移動したのだと思う。残りの先生方、4名?5名?は必死に机周りを片付けている。有休をもらって必死に引っ越しをしている印象。
3月28日()朝は8時半には紹介状を3名分、地域連携室に渡した。この時、自分の歓迎会での塩対応というかなんというかの話をした。8時40分には外来が始まった。しかし、大分減った。25人ぐらいか。帰りにもアイマスクを付けようと思ったが、付けずにそのままねてしまった。しかし熟睡感は光が全く入らない方が良いと思い込んでいる。


3月29日()朝は、「アサカラ」に行った。とにかく安いが魅力。飲み放題がついて、日曜日だから2時間しかないが、平日は3時間ある。それで一人660円である。一人で行って2時間660円は、今の時代激安。まあ朝9時にはいかないといけないが近いので大丈夫である。まあ自分としては、「ファンファーレが87点はコンスタントに取れる。しかしそれから点数がのびない。動画を撮ってみなおすと、毎回同じ場所で音は下から上だが、自分は上から下に歌っていた、次回はそこを直して、90点を目指そう。それで卒業できるかも。

3月30日(月)この日は、午前病棟、午後外来。まあ、忙しく働いた。通常運転の日。この日の夕方に、右頭頂部にできたいわゆる「おでき」に液体窒素を皮膚科であててもらった。1週間ぐらいで、ポトリと落ちるだろう。

3月31日(火)この日は手術に午前中移動。いくらか安くなったので、今のところここまでという印象。往復で5100円ぐらいになった。最初の端の12600円とは半額以下。しかし、給料明細扱いで「報酬」にならないので、必要経費として計上はできないと人事、総務と話をしての結論。領収書をいくら律儀に取っていても役立たずと判明。
朝の8時過ぎに、JRの駅に降りると、なんか別世界の観光地に来たような気分。特にこの日は陽光がさんさんと降り注ぎ、毎日の生活よりは非日常が味わえて、一瞬、楽しかったのは良かった。帰って来てからは、急いで病棟で仕事。14時半からは右膝のMRIを撮ってもらった。MRI中はまた一寝入りしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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