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「汚部屋」は1日にしてならず

Victoria_Borodinova / Pixabay

自分の心のなかでは,お気に入りの「一日にしてならず」シリーズ.
肥満は一日にしてならず.
ダイエットは一日にしてならず.
老人は一日にしてならず.
生活習慣病は一日にしてならず.
論文は一日にしてならず.

多くの「一日ではならない」ものに「汚部屋」がある.

汚部屋とは何なにか

汚部屋は,「おべや」と読ます方が通じやすい.
「おへや」は「御部屋」と言う漢字になり,「お館様」などの尊敬語になってしまう様で「おべや」であろう.

普通に考えたら,散らかっている部屋.大きめのゴミが階層化して積み上がっている部屋,多くのもので床が見えなくなっている部屋.
本来捨てないといけない粗大ゴミが,そのまま並んでいる部屋.
所有欲がありすぎて,捨てられていない部屋.
部屋の管理に時間がかけられていない部屋.
部屋自体が大きなゴミ箱となっている部屋
整理整頓掃除清潔が維持されていない部屋
特に掃除が出来ていない部屋
など思いつくまま書いてみた.
散らかっている物は,大体,決まっている.
ネットやTVでの汚部屋の写真などを見ても,ほぼ同じ.
1)洋服,靴下 下着,洗濯前後のものが混在.
2)飲みもの,食べ物の容器,多くの他の容器
プラボトル,空き缶,カップ麺の容器など.
3)雑誌,新聞,チラシなどの紙類

他の特徴
4)寝る空間だけのスペースがあり,大抵は万年床かベッド.
5)窓をあけて,空気の交換が出来ていない.
6)収納目的で作られた空間には,逆にほとんど物がはいっていない.
7)水まわり,すなわちトイレ,風呂,台所,洗面所のシンクが
全く掃除されていない.
8)年余にわたると,悪臭がし出す.
9)のみ,クモ,ダニ,ゴキブリなが繁殖しだす.

そこから感じられる空気感,
1)活発な楽しい人生を送っていない
2)感情の起伏がない,情緒的にも感動したり,通常の喜怒哀楽がない.
3)なげやりで,怠惰な生活
4)何をどうやったら良いか,人生自体に途方にくれている.
5)室内に,自分以外の人間が入ってこない.対処する空間がない.
6)社会人として仕事には出て行っていない.外出もしない.
7)季節感は全く無し.

汚部屋は一日してならず.

真庭ベースキャンプ(アパートの別称)を設営というか週半分の半単身赴任できて,最初はがらんどうの部屋にベッドもなく,届いたマットレスだけ敷いて,段ボール箱の上に紙の皿を置いて,たべものをダイソーで買ったカッターナイフで切って,割り箸で食べたりしていた.要は,室内でホームレスのような生活をしていた.それはそれで,楽しかった.

それが,なんと言うことでしょう.
2年と9ヶ月,その間に部屋には沢山の物があふれるようになった.
必要に駆られての防寒着など大量に購入.それは県南の自宅では不要.高知の実家ではさらに不要.
この地を去るときには,大量に不要なものがでそう.
冷蔵庫,TV,電子レンジ,ベッド,PC用の机,椅子,小さなテーブルなど,全部が不要になりそう.
すでに自宅に全部ある.

後任のヒトが単身赴任で来たりすれば,全部あげれば片付くけども.
しかし,防寒の靴下,下着などはヒトにあげるものでも無い気がする.

2019年7月21日.朝からしたいことがあった.
それは 汚部屋化していく自分の部屋の整理整頓,掃除.
なんとなく,「どんなことも1日ではならない.よいこともよくないことも」という格言が出てきた.

汚部屋になる理由

まあ,自分の今の真庭ベースキャンプ(アパートの別称)はまっさらな空洞の部屋であったので,自分の3年弱の行動,生活習慣が汚部屋化していった正式な理由.それ以外はありません.いつの間にやら,気がついたら汚部屋になっていた.

それはなぜかを考えておくのは無駄じゃ無い.

人生は習慣の集まり.

全く関係ないことが深い所ではつながっていることは多い.

以前,「孤独死」に関してTV番組があった.
孤独死は最初にマスコミに出てきた頃は,「身寄りのない老人」の話であった.

それが,いつの間にやら「都会の孤独死」で中高年まで対象が広がった.
その時のキーワードは「都会での貧困」「都会での薄い人間関係」であった.

現実的に,低収入から無職,引きこもりなどになり,人間関係が薄い都会の人達は,孤独死ならぬ「孤立死」になるヒトは多いと容易に想像がつく.

その,孤独死,孤立死になった人達の部屋の画像があった.
整理整頓のかけらもない,ゴミ屋敷になっている事が多い.

もちろん,ひきこもりなどの心因性,精神的な要因も指摘されている.
理由は簡単.別に掃除をしたからと言って,だれかヒトが訪問してくるわけでもなく,部屋が汚い,くさいと文句を言う家族がいるわけでもなければ段々とゴミはたまる.
掃除をしてホコリが無くなっても誰も褒めてもくれない.いわゆる承認欲求が満たされない.社会との隔絶が部屋の中で起きる.ドアの向こうに勝手に入ることは一般的には許されない.

しかも,ゴミの収集は朝8時半などが多いが,決められた曜日のその時間にゴミを出せなかったら,次に出せる機会は,なかなか,こない.毎日,ペットボトル,プラ容器が分別ゴミで出せることは無い.きれた電球はいつ?など面倒.

ところで,孤独で単身なら汚部屋になるかというと,一人暮らしで友人も親族もだれも,部屋に訪問,あるいは遊びに来ないヒトでも部屋がシンプルできれいなヒトも存在する.

要は,物事に対する基準,それらに基づいた行動習慣の結果が,汚部屋になるか御部屋になるかの最終的な大きな違いになる.

要は,部屋が汚くても良いヒトは,すべてにおいて同様の基準なので,体型もだらしない感じの事が多い.要は「部屋」は,自分のこころと身体の状態の鏡である.

自分的に,違うのは「職場の机の上」は御部屋とは別の意味合いがある.

自分の真庭ベースキャンプ(アパートの別称)も,気がついたら部屋中が服やフライタイイングの道具やマテリアル,雑誌,紙などが散らかり放題になっている.
徐々に,徐々に,日々,すこしずつたまっていったものである.2日前もタウンページが来ていたが,玄関においてある.不必要,捨てないといけないが,一度部屋にいれてしまうとなかなかゴミにだせない.だしたら悪い気もするし.入りませんと返却ができない,「半分,公共的なもの」もたくさん,部屋には入ってくる.

内因的誘発原因には,自分の基準,家族の基準等があると思う.

外的要因は,おそらくだが,「誰も部屋に来ない」というのがその最初の条件と思われる.綺麗でも汚くても同じなら,汚くても気にしない.手間もかからないしと言うヒトは大勢いると思う.

自分が学生時代に,友人達が遊びに来る前は,部屋の大掃除は毎回していた.
独身の男女なら,部屋に呼ぶときに,掃除をしないなどは一般的には考えられない.
少なくとも努力はするもの.

ヒトが来ないという前提になれば,行動様式は変わる.
現実的には,「だしたものを片付ける」ことをすれば,次に必要になれば「また出さないといけない」ので,出しっ放しにしておくほうが短時間では便利である.ある作業を3日間ぐらいかけて,するなら,道具は3日間,出しっ放しもありであろう.それが,長時間になると,なにもかもが出しっ放しで机の表面が見えなくなっていたり,床が見えなくなっていったりするわけである.

ローマは一日にしてならず.は良い意味であろう.
何事も大きな事を成し遂げるには,長年の訓練が必要.多くの試練を乗り越えるなどが必要なのは,世界共通,古今東西全く同じ.

汚部屋も一日では絶対ならない.

汚部屋になるには,内因的な要因と外的な制限,規範が及ばなくなるからであろう.「汚くても,物が捨てられなくても,誰も来ないならそれでも人間は生存していける」のが現実.

「汚部屋にならない」ことと「断捨離」とは,別の概念である.

共通の概念は,飲んだペットボトルが床に転がっている,食べたバナナの皮がゴミ袋にいれたは良いが,ゴミの日に出せていないなどは,「汚部屋にならない」「断捨離」共通の注意事項にはいる.

金があると物を買うが,金があっても不必要なものを購入しないのが断捨離の基本.
しかし,微妙な考え方の違いが大きな結果の違いに発展している気がする.
部屋を片付けることには,ものを捨てることは必ず入る.
だからと言って,部屋にはなにも置かずノートPCのみ.
髪の毛も身体も洗うのは,オーガニック石鹸一個ですますなどの概念と「汚部屋」の特徴の一つである,シンク,あるいはトイレのみでも磨き上げることをすることが汚部屋からの脱出の第一歩などは概念が異なる.
まあ,整理整頓に二つの意味がある.有名な5Sの最初の二つである.
整理は,「必要なものをそろえて,不必要なものを捨てること」である.
職場ではそれが一番の基本.
整頓は,「必要な物がすぐに出せて,収納もできて,無理なくすばやく活動ができるように,きれいに置いておく」ことである.
汚部屋にならないようにするには,それだけでは,無理である.
大きな違いがある.それは「掃除をする」である.
掃除に関しても多くの本がでている.
掃除をして,きれいなほうが良い場所は綺麗にする.洗面台やトイレを磨く.
これは断捨離で不必要なものは購入しないなどの部分には含まれない.
もう少し言えば,断捨離でなにもかも捨ててしまっている状態でも,バスタブの掃除,ドレーンに引っかかった髪の毛の除去などをしないと,最低限の部屋の条件を満たしていない.その掃除道具は必要.
趣味のもの,たとえば,フライフィッシングならロッド,リール,フライタイイング用のマテリアルなどはどんどん増えていく.フライの雑誌も毎月届く.フライそのものも自分でコマーシャル品を購入すれば,お金さえあればそれは可能だが,趣味でフライを巻きたいときには,マテリアルは購入して増えていく.
カメラでも,カメラ本体の後は,レンズを購入,レンズの掃除道具,三脚,リレーケーブル,予備のバッテリー,さらにはカメラバッグなどを購入すれば,ものは増えていく.
その中で,「不必要なものを捨てていく」ということなので,ものが一見多く見えても,必要な物ばかりならそれはその時点でミニマルな状態である.
これは「整頓」の概念にはいる.
その次に,カメラもフライ道具もメンテナンス,消耗品の購入など,しないと活動が維持できないものは沢山ある.
それらに時間と行動を裂いて,部屋の掃除をしない.飲んだジュースのペットボトル,雑誌が床に散乱などは,汚部屋になる前段階である.

自分がすべきことは,全くがらんどうのアパートに来たのに,どんどん物を購入してしまったことであろう.大きなチャンスを失った.
整理整頓,掃除,収納などは主婦にとってはものすごく大事な人生のミッションである.
これは単身赴任の人でも同じことであろう.
汚部屋になる危険要因は,それぞれに理由があるということに気がついた.

自分への注意点は,「面白そう」だからと言って衝動買いしないが一番である.
面白い物がすきなので,購入するが,すぐ飽きるのも特徴.

断捨離しなくても,汚部屋でない部屋はたくさんある.

汚部屋は一日にして片付かず.

汚部屋に一日でなったものではないので,1日では階層化したものを片付けるのは困難.
「ものが沢山ある」=「汚部屋」というわけではないはすでに書いたが,捨てられないのは「もったいない」と思う気持ちがあるから.
おおくのものには,当然「お金がかかっているから」である.
簡単に捨てられるゴミは自分は捨てている.

銀行からのおまけのバッグなどは,母親がこれはいらないかなど,「自分は使わない.しかし自分が捨てるのがいやなので,「ヒトにあげる」ことで,心の浄化をしようとしている人も多い.自分がもらって自分はつかわないけど,ヒトは使うかもと思うのは,悪いことでは無い.しかし「おまけにもらった銀行名の入った薄いトートバッグ」などが,誰かにあげて喜ばれたり,それが本当に相手に必要になったことなどほぼゼロである.
銀行の名前が入った薄っぺらいバッグなどは,人前に出るときに,もっていけることはなかなかない.その手の小さな薄いトートバッグは沢山すでにもらっている.フライの材料を仕分けして入れたりしているが,もう不必要である.ものを捨てられない母親は,息子をゴミ箱代わりに使って,気持ち的には「息子に良いことをした」と自分を正当化しているのであろう.

要は,「捨て方」のノウハウが無いのが基本.
その先には,「必要なものだけを購入する基準」もないであろう.
また,一番は,自分自身の見た目にも気を配ることであろう.
まわりからの「承認」」「評価」が得られることが目の前の第一歩であろう.

5Sと「汚部屋にならない」の関係

日本発で,世界中に知られる5S:
これは,主に生産する工場などの職場で実行されている.
仕事の目的は「最小の努力と最短の時間で,安全,安心に最大の効果と確実な実績を出し続けること」のために必要とされる行動規範である.
しかし自分の部屋に関しては,いくら5Sを実行しても「給料はもらえない」,頑張っても昇進もしない.承認欲求も達成感も仕事で,職場で得られる評価などとはほど遠いものである.
だからと言って,自分の部屋への扱いは自分自身への扱いである.
自分の私生活,自分自身を大事に思うこと,自分の個人的な人生を大きな充実したものにするなら,必要なこと.
ということで,産業医でもある自分は,有名な基本の3管理,さらには5Sのノウハウを使って部屋を一歩ずつ,きれいにしていこうと決意しました.
ヒトには職場などで多くのアドバイスを必要とするときもあるが.
まあ,環境管理になるであろう.
問題は,環境管理のその先にあるものであろう.
それがないとモチベーションは続かない.
要は,5Sも汚部屋にならないも,手段,ノウハウ,手続きである.
5Sには順番がある.
「整理」「整頓」「掃除」の次に「清潔」がくる.
最後に「しつけ」が古典的にはくるが,これは今風なら「習慣化」であろう.
持続できなければ,崩壊する.
イメージとしては,落ちていく大きな砂時計の砂を,下から集めて,自分で,上のスペースに持っていって,見た目を維持し続けるようなもの.

忘れてはいけないのは,あくまでも5Sはノウハウ.
ノウハウを身につけたら,汚部屋にはならないが,それが人生の本来の目的ではない.
考え方として,職場で5Sのみ実行していたら,仕事の生産効率はあがるかといえば,仕事自体をしない限りは,実績はあがらない.本末転倒にもなりやすい.
5Sを一生懸命するのは,職場の環境を改善して「業績」「実績」を上げるためのもの.
多くの,掃除の魔術や片付けの魔法などは,その後に来る「実績をあげる」「充実した人生」「何かを達成する」ということがないと人間のモチベーションは続かない.まあ,その先にあることは,おいおい,わかっていくとして,5Sの後半の「掃除」「清潔」「習慣」を行おう.
問題は,その具体的な方法,一日一カ所など.

続く.

 

 

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