人間,社会人,家庭人,地域人,医師としてのセカンドライフ

セカンドキャリアは本当に来る.1 年経てば1才歳をとる.

ほんの,20年前ぐらいは,
世の中の動きは,一般企業は60才が定年であった.
55才定年のところもあった.
早期定年制などは,1年早く退職すると50%退職金が上乗せなど,
いくつかあった.
今は,定年が65才に延びたところが多い.
その後は,半額から1/3程度の給料で,もう少し働く.
それで,70才までは働く.
多くの企業は,高齢者をかかえないといけないことになった.
それは,若くて元気で給料が少なくて済む即戦力が居なくなったため.
日本の当面の国策は,
「元気な老人を増やす」
「老人を戦力として使う」
「75才ぐらいまでは生産者側に計算して,労働者数を維持する.」

ということで,老人は観光地のボランティアではなく,
労働力にはいってきた.
もちろん,今の75才の筋力は30年前の65才ぐらいの,体力である.
要は10年は若い.

今の医師も70才を超えて現役の医師は非常に多い.
しかし,現役と言っても「外来をする」「施設をまわる」ことが多い.
手術をする70才以上の医師は,ほとんどみない.
それは,若い,手術をしたい医師が口を開けて待っているのに
「自分はまだまだ出来る」など
と若手医師にまわる手術を取り上げてしまうことになる.

それは,それ.
多くの医師が通る道.

自分も歳を取ってきた.
この12月2日に脳外科の専門医を更新した.専門医機構?の新しいものが1年しかなかったので,なんとか簡単に更新できた.
3年後には指導医の更新があるが,それは1年間に60以上の手術がある病院でないとダメである.
ということで,自分はもう次の指導医更新は無理であろう.
指導医は,ある意味,不必要であろう.
患者さんにも「専門医」ということは説明できても「指導医」の説明はしない.
「指導医」は「患者を指導するのではなく,
若い医師,専門医成り立ての医師」を指導する.
ということで,まあ,今まで取った指導医も返納する時期が来た.
しかし,専門医も手術や症例をいれないと行けない時期が来ている.
次はどうなるか.

新専門医制度は,地域医療を犠牲にした上でなりたつ制度のよう.
罪滅ぼしに専門医になる前に「1年以内は地域病院にいくように」と書いてあるが,
専門医になって仕事をしたら,すぐに資格更新を満たさない現実に気がつく.

「2年は症例が豊富な病院にいかせてあげるから,1年は田舎で我慢して」
と言うのは,昔の各医局が行っていた「医局人事」そのもの.
それを,「専門医がほしければ,田舎に行け」というのは,
どうなのか.初期研修医制度などとは全く異なる考え方にも思える.
まあ,大きな流れはわかりました.

次は,自分自身のセカンドキャリアをどうするか.
現在は,自分の病院は,脳外科は自分一人になった.
以前は,常勤が3名いたとは考えられない凋落.
もう,常勤が増える当てはない.
人口が減っていき道路がよくなったら,
新しく立て替えた県南の病院にあつまるであろう.
「足のない」高齢者は取り残される.
その人達が自分の患者さん.
数は減る一方.
病気の種類は,高齢者初発のてんかん,働き過ぎの頭痛.増え続ける認知症.
「地域」にいれば,それらが増えてくるのはわかる.

しかし,基本の基本.
自分は卒業して,脳外科になりたかった.
そして専門医,指導医になった.
しかし,
11月29日に,CUSA(超音波吸引器)の単回貸し出しは来年から無しになると,
業者さんからの連絡あり.
これで,脳腫瘍のオペは今の自分の働く病院ではできなくなった.
これも世の中の流れなら,仕方が無い.

11月30日に,自分は2002年から携わった脳脊髄液減少症をたくさんというか,
それのみをしている先生のところへ技術の見学に行った.
年間500人が入院してくるとのこと.
常時15人程度入院.
その,硬膜外自己血注入の技術は,すごい.
これは,個人的に方法をまとめているが,「おおやけ」に出すものではない.
自分より,4学年上のその先生の生き方は,一つのモデルと思われる.
その先生は慢性硬膜下血腫を含めて,全く手術はしていない.

もう,資格をとやかく言う年齢ではなくなった.
セカンドキャリアとして,脳脊髄液減少症は保険診療にもなったので,
自分も,今となっては正々堂々とできる.

まあ,時代時代にあわせて,変えて行こう.

まあ,自分のすべきことを粛々としていこう.
と思いました.

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