2026年が始まって、気持ちは次に進んでいる。
Doctor’s lifeもいよいよ次のstageに行くことになる。
まあ、2nd stageは岡山県北の地域医療というか何でも屋みたいな仕事だった。

1月1日(木)この日は10時前に自宅を出発。実家へ。年末に購入したおせち料理を実家に持っていって実兄と一緒に食べた。後で聞いたが一箱が35000円もするものとは思わなかった。そこまで高価なおせち料理を毎年食べていたとは驚いた。なぜかというと、県北の病院で、年末年始は、いつも当直、日直がはいっており、食べに行くところもなかったので、奥さんが、近くの「ミシュラン一つ星」の日本料理点のおせちを持たしてくれていた。なにげに2日間ぐらいかけて食べていた。それがそんなに高価なものとは思わなかった。もう一つは別の店の10000円の洋食風の簡単なおせちであった。自分も実兄も堪能した。2日間で完食した。まあ、のんびりして、カラオケに行った。元旦はすいていた。驚いたのは、兄は30年ぶりに歌ったというのに、DAMで92点、91点と普通に高得点を出すこと。
1月2日(金)母親のお見舞いに行った。これが目的。晩はカツレツ亭に食事にいった。ご飯の炊き具合がめちゃくちゃよかった。
1月3日(土)一週間に2回だけのおみまい可能施設なので、この日も行った。この日は、実家の冷蔵庫の中を確認。2023年2月ぐらいから6月ぐらいまでが賞味期限の醤油、たれなどの瓶、容器が並んでいる。コショウ、ワサビも賞味期限切れであった。2023年に母親がベッドから転落して大腿骨頸部骨折になって、ずっと入院となったための結果である。一気に捨てた。またジャムなども全部捨てた。しかし「空き瓶」の捨てる日はいつか不明なので、ビニル袋に全部いれてZ市に持って帰ってチャンスを待つことにした。
1月4日()なんとか、高知市からZ市まで車で移動。朝7時に出発して3時間半はかかった。
1月5日(月)本日より、仕事。午前中にいくつか引っ越しの準備。引っ越しの準備で、冷蔵庫が引っ越し業者なら26000円もかかるので、廃品回収業者に問い合わせると500円だったのには驚いた。カラーボックスも市のクリーンセンターなら引取量が一個600円だったが、業者はゼロ円だった。驚き。2個あるのでそれで1200円の差になる。なんとかして安くしないと。夕方に市の推薦する業者がきたが、そこは冷蔵庫は引取料金8000円だった。えらい違いで驚いた。
1月6日(火)朝から手術。13時から治療の手技。さらに検査の手技。最近、「出来るようになった」ので忙しい。何となく、気持ちも身体も疲れる。

1月7日(水)9時から外来。引っ越し業者が箱を30個持ってきてくれた。年末の12月28日の日曜日に見積りにきてくれて、早い動きである。

1月8日(木)13時からの手術が終わって、なんと翌日の金曜日が「空き瓶を捨てる日」だったので、中身を洗って色別に分別して、夕方に捨てた。所定の場所に並んでいたケースに入れたというところ。一ヶ月に一回しかないのでベストチャンスだった。他にも、普通に燃えるゴミの袋を2個捨てた。少しずつ不要品を捨てている。なんとかJRに乗って帰宅。この日に漸く、今年に来た年賀状を見た。年賀状じまいが数枚来ていた。中には「去年年賀状じまい」を出したのに、また年賀状くれてありがとうという年賀状がきていた。来年はその人に出してはいけない。間違いなく枚数は減った。しかし出してないヒトにも返事をかかないと、しかし、コンビニで950円で4枚しか年賀はがきが入っていないので驚いた。葉書自体が85円もする。一枚が240円ぐらいの価格なら、辞めるヒトも出てくるのは無理もない。
とりあえず4枚だけは返事を書いた。来年はさらに減る。自分は年賀状はエクセルで管理をしているので、「年賀状じまい」の項目に入るヒトが増えた。

1月9日(金)朝七時前に起床。迎えの車が、7時ジャストにきてくれた。乗って、その後、また一寝入りした。気がついたら病院の入り口だった。楽でした。9時から外来開始。患者さんの数が多いので、12時から13時までにも6人診るようにいれたので、結局、午前のヒトがすんだのが14時15分であった。14時からの午後の患者さんがすでに4人は受付をしている。結局、トイレに行って昼食は食べずに午後の部を開始。なんとか17時20分には外来終了。58名診たことになる。なんとか当直用の夕食にありついた。その後、脳波所見などをつけた。しかし、初期の頃の4名も5名も診療情報提供書を書くとか主治医意見書を書くとかと言うことはなくなった。少しずつ減ってきている。2月から新しい病院に行くので、そこの外来日を、遠くから来てくれている患者さんに教えないといけない。まあ徐々にしていこう。印象として、遠方から通ってきてくれた患者さん達が10名近くいるので、その人達の段取り、要は新しい病院の自分宛に診療情報提供書を書かないといけない。夜は新しい病院あてのマイナンバーカードをコピーしたりした。驚いたのは前病院の医師が3月末に2名医師が辞めること。一人は定年退職。後任は来ない。外科系医師はものすごく減る感じ。もう一人は内科の中堅医師、まあ持病が大変、および子供の教育などいろいろな理由があるであろう。

1月10日()朝の外来前に昨年の12月19日までに記載の介護保険主事意見書を持ってきた。外来は8時40分から13時手前までかかった。急いでそれを記載した。ちょうど、当日、外来に受診していたので、最新情報が記載できてよかった。しかし13時過ぎまでかかった。それから昼食。忙しかったが13時には帰りの送りの車がきていますと電話あり。まあ、結局は13:45分に乗った。なんとかかんとか帰宅。よい大きな車なので、いすに座ってしばらくすると、眠ってしまった。後は、自宅の自室の「過去の資料」などを確認。本棚の二段は不要なものと判明。とにかくスペースをあけないと。まだまだ、捨てないといけないものがたくさんある。
1月11日()豪雪になると天気予報。早めにJRに乗ってZ市へ。その後は新しい病院向けの書類、資格証明書などを集めた。基本の基本は医師免許証のコピー。まあ毎回出すので、大量にA4の大きさにしてコピーは蓄えている。他は専門医、指導医の証書である。更新のたびに新しいもののコピーを5枚以上取ってあるので楽勝であった。

1月15日(木)この日は、「燃えないゴミの日」であった。一ヶ月に一回しかない。それにあわせて、前々から準備をしていた。自宅に帰る準備なので、自宅にあるモノは全く不要。50cm以下のものなら無料で捨てられる。まずは、フライパン、焼き魚用の網などの台所道具、扇風機、ティファール、風呂桶、風呂の椅子、体重計、ゴミ箱など捨てて良いモノのリストに載っていたモノは、ほぼ全部捨てた。カーテンも以前のヒトがかけていたもの。自分が持ってきてかけたものを外して、十字にしばって全部捨てた。3階から4往復ぐらいして所定の場所においた。エレベーターがあるので全くこまらない。そのとき電子レンジも捨てられるので袋にいれて出した。水曜日の晩である。しかし、木曜日の朝、冷凍食品を食べてから活動と思ったら、早速困ったので廃棄場所に取りに行った。まだ回収されて無くて助かった。またカーテンも捨てたため、ガラスで外から丸見えで、なおかつ寒いので、灯油ファンヒーターは捨てられなかった。なかなかに難しい。大きな引っ越しのステップが終了した気分。
1月18日()この日は、貸倉庫というかトランクルームに入れるための荷物をまとめた。要はフライフィッシングの道具、マテリアル、ロッド、リール、ウェイダーなどを箱にいれたら、全部で15箱になった。

1月19日(月)貸しトランクルームに電話。契約依頼をした。手技がうまくまだ満足できるほどにできていない。検査2種類は、まあ、もう卒業クラスでできだしたが、治療手技ができないのは困る。

1月20日(火)、この日は燃えるゴミの日。その日にあわせて絨毯、足ふきマットなどは50cm四方以下の大きさに切っていた。全部で4枚あったがなんとかやりきった。前日の晩に5袋にまとめて捨てた。部屋がガランドウになり、箱ばかりの状態になってきた。プラボトル、空き缶は近くのスーパーで捨てられるので、それは余裕。
なんか引っ越しの段取りばかりしている。仕事は手術などまだまだしている。
なんとか、2例手技をさせてもらって、なんとかコツをつかんだ。

1月21日(水)

1月22日(木)朝から準備して、Z市から自宅へ。トランクルームの申し込み用紙を書きにいった。保証会社の認可が得られるのを待つようにいわれた。また自宅の本棚をみてみたが、30年前の手術書などがあるので、それらも捨てるべく、部屋の隅に山積みした。

1月23日(金)朝7時に迎えの車が来て、県北の病院へ。途中から雪景色にかわったが、まあ、「真庭のホノルル」とよばれるほど、雪が積もらないエリアなので、それほどでもなかった。ものすごい書類依頼がきていた。25年間のもの、その間15年間ぐらい受診歴がないもの。あるいは20年年間、自院でみてきて施設に入って、麻痺、咀嚼の身体障害の書類は第15条の資格がないとだめとかで以前の病院に紹介、他には精神科疾患への指導内容など、どれもこれもヘビーだった。18時過ぎに夕食をたべて、うとうとしながら5名分の書類、それに紹介患者の返事なども書いて済んだのが午前2時前だった。新患の紹介患者がきたら、もう持たない印象。
1月24日()朝8時40分から外来。なんとか9時前に4名診たので、少し早くすむか?
自分の奥さんのめまいの薬も処方した。外来が済んだ時に、新規の薬の申請書を書いた。まあそれで13時半には帰りの車をお願いしたが、大事な奥さんの処方せんをもらうのを忘れてしまった。夕方17時に病院に電話して、処方箋を郵送してもらうようにした。自宅にかえって保証会社から認可がありたので、トランクルームの鉤をもらいに行った。書類も全部書いた。その後は、自宅の不要物すて。その当時の英語の手術書などはまあきれいだがもう読むこともないので、大量に廃棄処分の場所へ。さらに昔の論文などもほぼ全部廃棄。
Z市のアパートから大量に荷物が帰ってくるので、大変。
1月25日()昼前にトランクルームにブルーシートを敷きに行った。その足でZ市へ移動。途中のSAでスタバに寄ってスープをカードで頼んだ。そのカードにいくら残っているかと思ったら3000円以上残っていたので、少しは使えそう。これはZ市にきて、ネット環境が整うまで利用するためにカードを購入したもの。おそらく車で、そこに行くのはもう一回あるかないか。夜は、夏から秋に麻痺性イレウスみたいになって固形物はダメから少し回復したとき、「みしまおこぜ」の煮魚で生き延びたことから、最後にまた作った。その後は「醤油」「みりん」「料理用日本酒」「だし汁」などの半分ぐらい残っていた内容物を大量に廃棄。カバー、キャップをのけて、プラボトルとして、近くのスーパーに夜に廃棄処分してきた。台所もだいぶ片付いた。まだ陶器の食器をすてるのが、1月28日(水)の朝なので、それを捨てる準備をしないと。ビール用のグラスもこの際捨てて帰ろう。割れガラスは捨てられるが、われてもないし使っているが不要なので仕方ない。撤退準備はだいぶ済んだ。あと衣装ケースに入りきらない服を箱詰めした。クローゼット内は、ほぼ終了。
さらには、電子レンジの中を少しでもきれいにした。これは病院のスタッフに提供する。
非常に重い。心配していた灯油ファンヒーター用の灯油が日曜の夜になくなった。まだ月火水と使わないと現在最長最強寒波が来ている最中なので、後2リットルぐらい購入してきた方が良い。最後の買い物かも。
水曜日に荷物が全部なくなる。木曜日に10時に確認が来て、自分は朝、車で出発する。
水曜日の晩に大掃除をする。掃除道具残していかないといけない。それは木曜日に車にのせて帰る。布団も乗せて帰る。要は水曜日の夜がベッドもマットもないので、注意が必要。
1月26日(月)この日は、手技を2例した。この日は、電子レンジを車の後ろにのせて出勤。手技の後、台車に電子レンジをのせてゴトゴト、脳外科の診察室に持って行った。さらに洋菓子などを餞別の品として、渡した。帰アパして掃除をした。
1月27日(火)朝から手術。さらには最後の2例の手技。後は17時半に医局会があったが、そのときに「今日で終わりです」と挨拶をしようとしたが、タイミングがあわず、なにも言えなかった。ということでZ市での仕事は終了。帰宅して最後の荷造り。風呂場のドレンを歯ブラシで洗った。鏡も洗った。
1月28日(水)朝から、台所のドレンの掃除、さらには洗面台のドレンの掃除をした。歯ブラシを使って髪の毛を除去した。結構キレイになった。ほぼ、持って行くものはすでにリストアップしてならべておいた。さらには椅子にのって天井のライトをのけた。この日は12時に廃品回収業者が来た。冷蔵庫はじめ、ベッド、マット、灯油ファンヒーター、ポリタンク、安いTV, 電気カーペット、折りたたみ式のカヌー、カラーボックス2個など全部で2 万円でもっていってくれた。40分でドアの外に全部でた。安くついた。さらに12時50分には引っ越し業者が来てくれた。最後にトランクルーム用の荷物をのせて、あっという間に済んだ。ギリギリで「自宅用には赤テープ」「病院用にはピンクのテープ」と「トランク用には黄色テープ」にわけておいた。14時前には荷物はキャンプ用の空気で大きくなるマット、冬用の毛布などだけが残った。14時にはいったん終了。さらには床をコロコロ、フローリングワイパーをかけた。朝からあれもこれもで疲れ切って天井のライトがないので、台所のライトのみで生活をした。疲れていたので早めに寝た。
1月29日(木)朝4時前に目が覚めた。エアコンのみでは寒い。もう一回眠れるとは思えなかったので、4時すぎに布団など最後の荷物を車に乗せた。残りは簡単な掃除機とコロコロ、ワイパーのみ残ったので最後の掃除をした。意外とホコリは多かった。そんなこんなで寒いので6時前には「快活クラブ」に行って、カラオケルームをかりてウトウトしながら時間を過ごした。8時半には荷物が着くと電話あり。9時前には自宅のそばのトランクルームに到着。9時半には自宅に荷物が到着、なんと9時40分には全部自宅の引っ越しは終了。アパートには10時ジャストに不動産会社、オーナー、管理人が到着。チェックに1時間はかかると予め聞いていたので、近くのスタバに行ってカフェを頼んで、コップは紙製にしてすわって、一息ついて飲み始めたときにすぐに電話あり。なんと10時16分に「すみました」と不動産会社の人から電話あり。1時間の予定がなんと16分で終了。ということで10時25分には、Z市を出発した。これが最後の高速道路での移動になりそうだった。12時15分には自宅に到着。なんと引っ越しはあっという間に終了。
その日は、疲れたので一寝入りして夜は外へ食べに行った。自宅にもどって、箱の中のもををだした。なんとか10箱は片付いた。長い一日は終了。
1月30日(金)午前中に病院へ運ぶための荷物の箱を車にのせた。昼すぎに、新しい病院に書類を持って行くついでに荷物を荷揚げしようとおもったが、「前のヒトの荷物がまだおいてある」「駐車場もまだ自由には使えない」などの理由から、書類をわたしてすぐに退散。近くの寿司屋さんに行った。予想以上においしかった。その後、Z市でお世話になった「快活クラブ」を調べてみた。なんと地元にも7軒もあった。それぞれが特徴があって、「カラオケ」がある店もあれば、「ダーツ」のある店もある。要はどちらかのような。地域でニーズにあわせて店作りをしていると言うこと。カラオケは17時までは学生、生徒さんでいっぱいであったので退散。家の特に自分の部屋の引っ越し後の片付けをした。近くの銭湯に10年ぶり以上に行った。いわゆるハイテクになっていてびっくりした。料金も900円にあがっていた。しかし驚いたのは若い人でいっぱいというところ。湯原温泉に行っていたときはおじいさんばかりだった記憶がある。
1月31日()朝1時間ヒトカラをして、それから荷物の片付け、引っ越しの箱を縛って廃棄。さらには昔の手術本も廃棄。昼は10年以上いかなかった近くのラーメン屋に行った。そこで、前の前の前の病院の職員と偶然あった。いろいろな情報をもらった。その後はさらに片付けをした。