人間,社会人,家庭人,地域人,医師としてのセカンドライフ

病院の栄枯盛衰と自分の栄枯盛衰?

豊臣秀吉の死去が1598.9.18
徳川幕府の開始が1603.3.24
その間は5年間ない.
秀吉の死去の前の最後のイベントは1598,3.15 京都伏見の醍醐寺の花見
亡くなる半年前.派手好き秀吉の最後のイベント.
まあ,「サムライ」が戦いをすてて「イベント営業」をすることになれば,変質していっていることはわかる.

病院は,病気と闘う場所であった.
今は,医療保険だけではだめで介護保険を借りて,「最先端の医療」とは別の「健康で長生き」「地域で包括ケアシステム」での拠点と変わっていっている.
まあ,そんな大きな流れでは無く,「急性期病棟単独」だけでは「病院」が成り立たない時代が来ている.
多くの病院が「地域包括ケア病棟」を持って60日以内に次に行けるようにするシステムを導入.
高齢者が「複数の疾患を持つ」のが当たり前になっているため,「一つを治せば事たれり」の時代では無くなったため必然の流れである.

オオヤケの病院にはあまり関係がないが,個人の病院の場合,人口が増加している時代,人口密集地の経営者と人口が減少している時代の過疎地の経営者はすべきことが異なる.

より多くの器械をいれて,より多くの検査をすれば「収益は上がる」時代なら,検査機器をどんどん入れたら良かった.
DPCの導入はそれらを抑制するため.老人が医療を要求すれば,際限がないため.
一時代前の「若くないことは病気と同じ」に近い考えのヒトは今も結構たくさん残存している.検査は皆してほしい.
まあ,天下,国家の変動も大変.
自分が思っていたことは,
以前,働いていた病院が数年前に改築をした.
自分が個人的に驚いたのは,お茶室が病院の中にできたこと.
健診部門がものすごく豪勢になったこと.
自分はそこの救急部門にいたが,大きな方向性の変化を感じた.
「救急は大事」なのはよくわかるが,それはこの人(要はわたくし)にまかせておいて,病院は,癒やしとアートを標榜していこう.保健外の健診で儲けよう.
という大きな心の変化があったものと納得.
秀吉が千利休を重用したのも,晩年の話.サムライはイクサを捨てつつあった.

その後に,自分には象徴的な出来事があった.
救急で来た人が頭皮がきれていて浅側頭動脈から血液が噴出してきて,白衣に飛び散った.
それでも処置をして,なんとかなった.
血まみれの白衣を着替えに医局に戻る途中,
病院内のレストランでは「アーチストの夕べ」という病院内で絵画の展覧や音楽を演奏したヒト達が集まって病院の幹部達とパーティーをしていた.
その横を通って,自分は血まみれの白衣を替えにいっている.

ちょうど,その頃には「進撃の巨人」が大流行していた.

壁の中の貴族達と,巨人から町,住民を守るために心臓を捧げて戦う調査兵団の兵士たちの図が目に浮かんだ.
しかし,個人的な印象なら,自分はどちらに行きたいか?
どっちが楽しいか? なんか「文化人」と「一般人」の格差はないのか.
「使われる医師」と「使う医師」の立場の違い.
「癒やしとアートで有名な医師達」と「救急,特殊疾患で戦う医師」の違い.

まあ,病院の変質を実体験した身分としては,「ここは自分の居所ではない」
とひっそりと去って行く「フランス外人部隊」の傭兵のような気分になった.

その後,地域包括ケア病棟には,骨折の高齢者.とくに大腿骨頸部の骨折のヒトが入るようになり,整形外科の売り上げが上がる.
脳外科は,時代的にはオワコンに近い.切って切って切りまくる戦国時代は終了.
「さむらい脳外科」は終わり,飛び道具の「血管内治療」「サイバーナイフなどの放射線治療」などへ移行.
MRI も脳に限れば,神経内科が使用者の中心になる.

ということで,脳外科で有名だった,その病院は県内でトップ3ぐらいだった手術件数が,
岡山市内だけでも,日赤,市民,ろうさい,大学病院,別の大学の街中の新病院,済生会などと比べてオペ件数も少なくなった.

ということで,その病院ができて30年の栄枯盛衰を見てきた.自分が研修医のころにできたその病院は,お茶室を作ったりしだしてから5年後に,脳外科の病院としてはマラソンにたとえれば,「メダル候補から,先頭集団になんとかついて行く」病院までランクを落としたことになる.器械を入れ続けるにしても,どこの病院も順番に追いついてくる.
それでも癒やし,アート,地域とともになどの方向性なら,トップを走っている.
なんか,「ほろびの美学」のようにも感じる.
時代の流れの中で「脳外科の救急」がトップにならなくなったことも一つの理由だが,初代の経営者,創立者自身が年を取って,考え方,感じ方が変わってきたことが病院の建物に反映したことなので,雇われ人の自分が何もいうことはない.
そして,今の中小都市で働いている自分があるわけである.
なんでも屋としての自分を活かしてくれる今の病院には感謝をしている.
直前の病院では「用なし」になりつつあった自分であった.
突然,感じたのは,そこの神経内科の有名な医師が,「開業」することを昨日(2019年4月22日)に紹介されてきた患者さんから聞いたからである.
引き抜かれたコ・メディカルなどはいるのか?
これで直前の病院は,救急を担当していた脳外科医師(自分だが,あまり集客には役立たず)と神経内科の金看板の医師が辞めることになるので,補強がなければ,かなり苦しくなると思われる.患者数は入院数で毎月30人は減少,外来は毎月400人は減少する.
開業するその先生も,国際学会も論文も終了というところだろうか.
お疲れ様でした.

有名なサッカーチームでも,野球チームでも戦力補強をしないと試合に出ても勝てないし,そもそも試合自体が,最上階のリーグではなく,下部リーグへとランクを下げないとやっていけなくなる.サッカーならJ2からJ3リーグまで落ちていく可能性がある.
ワタクシ立の病院なので,選手補強がうまくいけば良いが.
いつまでもイチローさえチームにいればと思っても,年齢には勝てない.
自分が若いときには全く見えていなかった世界がそのときもあったのだろう.

 

関連記事

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください