人間,社会人,家庭人,地域人,医師としてのセカンドライフ

晩年の宮本武蔵は何をしていたか

60余たびの決闘でまけたことなし.
時代背景としては,戦国時代の終わりから関ヶ原の戦いにも参加.関川原の戦いは1600年
その後の晩年の57才の頃,1640年に熊本に行って客分となっている.
戦国時代も終わり,刀を持った人達は兵法家として生き延びる.
途中で,島原の乱鎮圧などにも参加している.
そして,さらに最晩年には,「五輪書」を書き上げた.
有名な話では,亡くなる7日前に完成しと記載がある.
最後は書,絵画をかいて文人として大体,最後を終える.
本人は生涯,独身.養子をもらっている.弟子は沢山とったような.
剣術のみに没頭している.
没頭に関しては,普遍の現実が存在している.
五輪の書に,確か「1000回繰り返すことを鍛といって,1万回繰り返すことを錬という」という部分があった.
一時,脳外科でも吻合術の練習に「一万針」練習というのが話題になった.
右でやった後は,次は左手を使って「一万針」となっている.
まあ,「1万」というのはよく指摘されている.
オリンピック選手のトータルの練習時間が1万時間.
国体レベルで7千時間,県大会レベルで4千時間などは統計がある.

話を元に戻すと,一つの事に没頭しないと上には上がっていけない.
宮本武蔵に近いタイプのヒトは結構存在している.
現役時代のイチロー選手がイメージとしては一番近い.
彼は結婚はしているが,子供はいない.
宮本武蔵と同じ「二天一流」というか,いわゆる「二刀流」は普及したが武蔵と同じ技術のヒトは,いないと江戸時代の歴史家の記載があるよう.
その部分もイチロー選手の打撃方法と似ている.
「イチローと同じようなバットコントロールを出来る選手」は存在しなかったように思える.要は「一代の傑物」達に共通する資質というところであろう.

自分の人生も後半になり,手術もしなくなった.週に6人したことなど今となっては懐かしい.
晩年の自分はどうしたらよいのか.
おそらく「書くこと」になるだろうとの結論.

歴史に残る剣豪と平々凡々な自分を比較するのはある意味,身の程知らずであるし失礼な話でもあるが,なにか最晩年の指針がほしい.
自分も宮本武蔵と同じ頃に県北に来て,しばらくは手術もした.
手術用のナビゲーターも2年前には故障して,麻酔科医師もさらに融通が利かなくなって,
「脳外科医としては徐々に引退,撤退しつつある」ところまでは,環境,年齢とも非常に似ている.
最後の最後は,「書を書く」ことが残された使命であろう.

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