7月1日(火)この日は,仕事の後,近くの釣具屋へ行った.たくさんの情報がもらえた.お客さんが1時間以上,どこで何がどのようにつれると言う話をしてくれた.なんか,今までの自分のフライアングリングとは全く,全然,きわめて異なる.要は,川と海の違い.船釣りもしてみたい.今まで本格的なものはしていない.金額はまあなんとかなりそう.ルアーで夜釣りで70mは投げてとなんか,潮のながれとか,結構,どうなってんのと言う感じ.勉強になった.何でもやっぱり現場百遍は間違いない.1時間ぐらいは楽しい時間が過ごせた。
※百編と百遍の違い.
昔,本は竹でできていて,それを糸で綴じていた.江戸時代でも和紙の本は糸で綴じていた.ということで,「このシリーズ本は20編からなる」などと,冊数などにかんけいあれば,「いとへん」になる.
遍は「お遍路さん」でわかるように,道をあまねく進入,通るという意味のときに使う漢字.要は回数に関係したら,「しんにょう」「しんにゅう」のほうになるとのこと.四国出身としては,お遍路さんの時の漢字が弘法大師の作った道を進むということで「しんにょう」になっていたと判明してわかりやすかった.
7月2日(水)午前は外来,その後は手技があったが,研修に来ている先生がおられて,自分は見学,しかし,だいぶ具体的にピンポイントで見れるようになった.後は「記憶よりも記録」でまとめていかないとだめ.夜は,「資さんうどん」で天丼をたべておわり.まあ,ようやく,こちらで今までしたことのないことをしようという前向きの気持ちになった.やってもやらなくても,単身赴任は終わる.年収というか税率なども考慮、手取り,アパート代,出張費代の有無などを合わせると,総額で年間,数百万円は下がる生活となる。それに見合う「技術の習得,人生の幅の拡大」などがないとむなしいことになる.
7月3日(木)昼間は、はじめて、清潔操作の手技を2名行った。意外と手応えが予想外であった。その後すぐにオペ見学に入った。夕方に麻痺がでたとのことで救急搬送されてきた人は、実はPDのオフに近い状態。初めての入院の段取り。余分な採血をしたが、次回からはなんとかかんとか仕事らしい仕事ができる感触あり。その後は急いでアパートに帰ってJRの駅まで歩いていって階段を上がり降りしていく時、右足が攣りそうになった。途中で忘れ物を取りに帰ったりで歩数計でもひさしぶりに9000歩歩いた。大変。なんとか18時半にはJRに乗れて、20時には自宅に帰れた。やはり25年前に作ったイコカカードが役に立つのが本当によかった。使いもしなかったが、よく捨てないでいたものと自分でも驚いている。翌日の準備をなんとかした。
7月4日(金)朝7時に迎えのタクシーがきてくれた。しかしびっくりしたことには、高速道路のインターまで、町中のど真ん中を出勤時のラッシュアワーに抜けるという間抜けな道順をいく。今まで8年8ヶ月自分は通勤してきたが、一度も絶対に通らない道順であった。大体、高速道路のインターチェンジというものは町の外れにある。外れから外れまでを行くのに、町のど真ん中を突っ切るのが一番時間がかかることがわからないのか謎である。それでも8時半ぎりぎりに到着。医局で着替えて、歯磨きしてとなると9時ジャストに外来に降りていった。20分ごとに3名以上の予約を取っている。1時間に9名以上を診ないといけない。はじめから無理を承知の予約外来。9時から13時20分まで午前の人がかかった。自分の新しい保険証を渡したり、雑用をその間にすましながらである。14時からの午後の人が結局は17時半までかかった。前回の18:50までと比べたら、だいぶ早くなった。それでも予約枠30名に対して52名の予約なので、はじめから無理である。次には入院患者さんの往診。次回外来の予約など行った。18時すぎに門前薬局に自分の処方箋を持って行ったら、普段と違って若い人が2名ほど余分に、必死で?働いている。「学生さんの実習ですか?」と聞くと、「先生の外来があって、患者さんが多すぎてまにあっていない」といわれてびっくり。「すみません」。しかし、それで一息ついた。9時間ぐらいはノンストップであったので、口が動かない。夕食を食べて、少し休憩。食後はコーヒーを飲んで、次は依頼のあった他院あての診療情報提供書1名。脳波所見1名つけて、さらに院内他科へのコメント。24時までかかってその日の仕事をすました。シャワーをあびて寝たのが1時半ぐらいか。
7月5日(土)朝、起きて朝食を食べていたら、顔面麻痺?のような人を診てくれと相談。9時前に本人を診察すると、全く違っていた。MRI撮って他院への紹介状を書かないといけない。外来のほかの患者を5名ほど待たした状態で診療情報提供書を必死で書いて、他のクリニックにいってもらった。その後もノンストップで外来をして、13時30分にようやく終了。急いで昼食、その後に他科へのコメント、往診、書類への署名、患者への電話などをすまして15時にはタクシーに乗れた。帰りはものすごく短距離を行ってくれて短時間であった。寝不足で途中に眠れたのは本当に助かる。それがないと疲労度はさらに爆上がりであったと思う。激動の2日間が終了。夜は近くの食堂にたべにいった.となりのスーパーも20時に閉まるので,買い物はできなかった.
7月6日(日)なんとか11時過ぎのJRに間に合うように送ってもらった.約80分の旅である.しかし疲れて寝てしまった.起きたときは,自分はどこにいるのかわからなかった.乗り過ごしは無いと思ったが.まあ,最寄り駅について,イコカカードに1万円チャージした.カードをなくさないようにしないと.後は部屋の片付け.なんかしんどい.自宅,岡山県北,瀬戸内市側の別の県の病院と3カ所で生活するのは大変.なんか食欲がでないので2.5kgはやせたが,勉強もしないし身体も鍛えないしで,ダラダラした感じ.
7月7日(月)7時半にアパートを出ようとしたら,上司がめまいで出勤できないとのこと.かわりに外来を行った.結構な数で,なおかつカルテに何の疾患で見ているかを書いてある部分が見つからないので,一人ずつにものすごく時間がかかっった.13時20分までかかって手技の手伝いに行った.その後は,雑用をすまして,17時には眠かったのもあり,帰アパ.途中で大好きな「うどんや」によって,鰻重と天ぷらを食べて,幸せであった.Z市の町中にすんでいるので,外食に全く困らないのは,岡山県北の時とは全く異なる.これは望外のしあわせであった.その後は帰アパで、クーラーいれて,部屋の片付け.しないといけないこと.白衣の襟をあらって,それから病院に洗濯に出す準備.床に散らかっている薬を棚にのせる.開けたままで中身をだしていない段ボール箱をまとめて個数を減らす.釣り情報を集める.金曜日に運転免許更新にいくので,少しでも体重をへらしておく.半月板がわれて73kgになっていた.もとは68kgぐらいだったので,現在70.4kgぐらい.4日間で2kgやせるか?
7月8日(火)朝は、燃えるゴミをすてて、なんとか病院へ。当日は、手術にはいった。意外とあっさりできたと思う。外来は大学からの先生にまかせて、なんとかなった。手技も手伝って、だいぶやり方がわかった。アパートでまとめようと思ったら、SSD用のコネクターがどっかいっていたのでUSBに入れた。前の病院の時のアパート用に,この4月に購入したPCに一太郎の医学辞書がはいっていないことが判明。確か古いCDのものがあったとおもったので引っ越しの荷物のなかを探したら意外と早くみつかってインストールできた。ものすごく毎日暑い。今は「自分の勉強」は自宅、アパートでするもので医局でグダグダすることは許されない雰囲気がある。アパートは無味乾燥なのでとにかく、ネットをみて、今日の仕事、技術の大事な部分をまとめてと日々の仕事をした。自分のSSDへのケーブルがなかったのでUSBにまとめた。毎日、毎日、うまくいかない。
そこで、いくつか考えた。
7月9日(水)この日は、自分の外来日。まだ、出来ていいないのが「返事」と「情報提供書」個人のパターンを入れておけば良いらしいが、皆がうまくこちらに教えられない。要はわからないまま、電カルを使っているということ。うまく行かない。その後は手技。助手にはいって、大分、全体が見渡せるようになった。細かいことがきになるが、一つずつ検討しながら、進むこと。
7月10日(木)この日も、うまくいかなかった。反省点がいくつも具体的にわかったでよかった。左手の固定と右手の力加減である。一つずつまとめてやること.
7月11日(金)朝からゴミ出しのつもりが出せなかった。11時前には段ボール箱を車のトランクにのせた。全部は乗らなかった。なんとかZ市のアパートを出た。12時半には岡山の免許センターに到着。なにか皆の言葉が良く聞こえない。疲れている。右杖はついたまま。受付をすまして、青の3年間なので2時間の講習。今のところ3年ごとの講習だが、とにかく、3年前、6年前、今年と講義の内容は、どんどん変わっていると思う。たとえば、原付の定義にキックボードのような新しい形のモノへの規制。高齢者の免許更新の方法、これもどんどん変わって言っている。あおり運転への名称変更、点数の変更など。またライトは上向きが基本など大昔とは全く異なる。昔のカーブはアウトインアウトが正しいなど今は全くない。またダイヤモンドのようなマークは、50m先と30m先にあるのは信号なしの横断歩道がある印など。なにか自分も忘れていることがいくつかある。高齢者の視野は横も縦も140度ぐらいしかない。それで上にある赤の点滅が見えずに一時停止をしなかったりするなど、免許更新の講義も年々、内容が変わっているので勉強になった。最後に20分?ぐらいのビデオの前に疲れてねてしまった。そのときに目の前に講師がきて、「大丈夫ですか」と起こしにきた。やや疲れていた。いつもの運転の特性のテストでは,いつものように同じ部分がだめ.「前がすいていたりしたら,前に詰める」などは×らしい.これは,毎回×が正解.自分は,距離を開けすぎないのが正しいと思い込んでいるので,毎回×なところは×である.講師の説明が今までとは全く異なっていてびっくり.「人間は,弱点は治りません.それを十分気にかけておくことが大事です.」とのこと.初めて,対処の仕方を聞いた印象.
なんとか帰宅。その後は歯を磨いて歯医者へ、そのときはマイナンバーカードを持参。さらには、新しい職場からの医療の共済保険証を持って行った。自分のスマホでは紐付け出来なかったが、そこで調べると紐付けが出来ていた。よって、その日は,免許証の更新、マイナンバーカードへの保険証の紐付けとやるべきことができて良かった。
7月12日(土)自宅.昼近くまでねて、まずは引っ越しの段ボール箱をすてにいったら、そこは、ひもで縛ってないとダメ。次に不在者投票に。さらに別の古紙回収の大きな箱に段ボールをすてて、さらに14:50からの映画を見に行った。時間の都合で吹き替え版しか見れなかった。mission impossible the final reckoningを見に行った。なにか後で聞くと,シニアの申請をしたら,その場で割安になるような.確認必要.
7月13日(日)この日は,朝9時半に自宅を出発,Z市のアパートに11時半には到着.自分は12時半から用時があって外出.一緒に乗ってきた来た奥さんが,アパートを見て「一ヶ月半で,どうしてこんなに汚くなるのか?」と驚いていたが,自分としては部屋はきれいにしたつもり.まあ,引っ越しの際にでた段ボール箱がまだ半分残っている.夕方5時過ぎに海岸沿いのレストランに電車に乗って行った.牡蠣がおいしい.その後は自分は電車にのってアパートへ,奥さんはメインの場所の近くのホテルにチェックイン.移動日,および気晴らしの一日でした.
7月14日(月)
7月15日(火)オペ日.この日は朝から勉強になった.正中の保持のためには,C2から行けば良いなど,これは正式な技術,手技獲得のための記録の方にまとめていく.翌日から症状は改善していて驚いた.きれいに正中で固定したと思っても,いざカバーを掛けるとずれることもあるような.
7月16日(水)自分の外来,および手技日
7月17日(木)
7月18日(金)
7月19日(土)この日は,しまなみ海道を渡って高知市まで移動.まず、しまなみ海道に入るのが、間違ったし、なかなか面倒ではあった。自分の基本的な知識不足だったが,しまなみ街道は途中で一般道に降りるとはじめて知った.本州からなら,降りてもう一度高速に乗るには,「今治湯ノ浦IC」から入らないといけないと判明.202km を3時間かけて踏破というかなんというか,正味3時間かかった.9時前にでて12時には到着.それから母親のおみまい.その後は、実兄とカラオケに行った.今の時代55才?以上がシニアでびっくり.安いところと高いところの違いは,一曲の歌に対して入っている演奏の種類の数とマイクの質と思った.その後は,夕食をたべて早めに寝た.
7月20日(日)昼までねて,再び母親のおみまい.時間もあったので「にこ渕」にいってみた.45kmあった.驚いたのは他府県からのたくさんの車.さらには山の斜面をおりる階段の設置.大勢のひと.あれぐらいの滝壺なら,岡山県北,大山近傍にはたくさんある.ブルーにはみえないが。「にこ渕」も大雨の後で曇っていたので,透明感のあるブルーは全くなし.どこにでもあるような印象.しかし,仁淀ブルーのネームバリューはすごい.楽しいかと言えば,?であった.
7月21日(月)朝9時前出発.しまなみ海道経由でかえってみた.来島,これは「くるしま」と読むらしい.のSAからの景色はすばらしかった.全体をオートクルーズで帰って距離は距離は192kmだった.3時間20分かかったが,それほど疲れなかった.オートクルーズコントロールは本当にすばらしいシステムと思う.後は休憩.洗濯もしないと.とにかく,ものを増やさないのが鉄則.
7月22日(火)医局会というか収益報告会が17時半からあった.自分の印象では,どっこも赤字である.黒字の病院は本当に少ない.アパートでペンライトをネットで購入したら,楽天ポイントが使えない.ネットで調べたら,ためるという方にはいっていて,なんか移動させないと使えないような説明.時間があるときにやってみようとおもっていたが,以外と簡単に使える側に移動できた.これでガソスタで軽油を入れるときに楽天ポイントが使える.これは非常に大きい.一回につき4000円ぐらい使えば,だいぶ出費が減る感じ.
7月23日(水)午前中は自分の外来日,昼からは手技日だが,他の病院からの先生が技術習得に来ているので,自分は見学,気になるところをじっくり,見学させてもらった.角度の問題など勉強になった.夕方は認知症の点滴の件について説明や薬会社から受けた.毎日の生活がだいぶ,落ち着いてきた.新しい環境になり,なれていない時は緊張感があった.
気をつけないといけないこと:
Z市にきて,「人生最後の単身赴任」なので,
大方針は
1)仕事も今までしたことの無いことをマスターする.
2)私生活も今までにしたことのないことをする.
日常生活では,
1)早めに夕食をとる.今まで行ったことのない店にとにかく一人で突入.
まだ,近くでもピザ屋,沖縄料理,カジュアルなフランス料理店など,とにかく,まだ行っていない,たくさんの店がまわりにあるので,突撃するつもりで行くこと.
2)風呂に早めに入る.連日、ものすごく暑いので21時前には風呂に入ること.これをしておくと,翌朝,汗かいていても軽くシャワーあびて,出勤すれば良い.
3)洗濯物はコインランドリーは24時間営業のところが多いと初めて知ったので,夜でもがんばってもっていくこと.60分で「洗濯,乾燥」が両方一遍にできる機械は高い.別々なら600円,28分と24分である.一緒のものなら900円ぐらいである.300円のために自分の時間を裂けるかどうかなどいろいろ気を遣う.洗濯物もアパートに持って帰ったら,仕分けをしてタンス?にいれること.ここでもそうだが,「悩みや問題の9割はお金が解決してくれる」である.コスパとタイパの比較である.
4)以前は,白衣のスクラブ,ペンライトなどは以前の働いていた単身赴任の病院に直接,アマゾンなどから配達してもらっていたが,今のおおやけの病院では無理なので,配達先は自宅になる.(金)(土)(日)と帰れるのでそれが良いであろう.
7月24日(木)この日は移動日.いろいろ雑用をして,アパートから最寄り駅まで歩いて移動.最初は半月板損傷で歩行速度も1/5ぐらいに遅かったが,だいぶ速くなって,なんと一便,早い電車に乗れた.杖着いているので「障害者用」に堂々と座れるので楽である.木曜日はとにかく(金)(土)の仕事の道具を持って帰らないといけないので,荷物が重い.大変である.
7月25日(金) 朝6時55分にタクシーが迎えに来てくれて、自宅を出発,今日は県北の病院に早く着いた.8時20分には医局まで上がれた.歯磨き,書類の確認などをして,9時前にはすでに5名は外来患者が来ている.急いで開始.13時10分には午前が終了.さらには14時から午後の部が開始.なんとかかんとかノンストップで17時過ぎには終了.それから情報提供書を書いた.夕食を食べて「運転免許の更新」「疾患の認定書類」「大学病院への紹介状」などいくつか書いた.それで24時過ぎていた.疲れて当直室で寝た.
7月26日(土)病院の当直室で朝5時に目がさめた.まだ眠いので寝たら,次は8時3分に目がさめた.急いでシャワー浴びて,着替え,髭剃りをして朝の薬を飲んで,8時半に下の食堂に行って当直開けの食事.それから歯磨きなどして9時前には外来開始.今日も患者さんはたくさん.今まで降圧剤,脂質異常症のくすりだけなどの患者さんには,状況を説明して内科にまわってもらった.他にも他院への情報提供書など,息つく暇もなく書いた.そんなこんなで13時半には終了.急いで昼食を取って45分には着替えて,歯を磨いて荷物をまとめて14時ジャストにはタクシーで病院を出発できた.4時間半はノンストップでしゃべった.個人的に興味深かったのはは,片頭痛にトピナを処方した3名の反応.一人は,ものすごく調子がよくなった.本人も驚き.もう一人は耳閉感,聴力低下で内服をやめて2週間でそれは消えたが,片頭痛は一切改善しなかった.もう一人は2週間で中止となっていた.そんなこんなで前週の外来より1時間早く帰宅.15時30分ぐらいに自宅に帰宅.急いで準備をして,なんとかかんとか16時開場、17時開演のゴスペラーズ30周年記念のコンサートに間に合った.2時間50分にわたるショーマンシップを見た感じ.その後は,近くのイタリアンをたべて,帰宅.疲れて口が動かない.
7月27日(日)朝9時過ぎのJRに乗ってZ市へ。12時に新しく通い始めた教室に到着。まあ,なんとか練習.宿題もでて,それはアパートに帰って練習.
その後は,洗濯をランドリーに持って行った.その間に近くの食堂,レストランを見に行った.確認して月曜日にそこに行こうと思ったが,月曜日にわかったことは,そこは夜は日曜日しかしていないこと.3時間ぐらい練習した.しらなかったのがyou tubeは今はネット上でMP4で画像自体が切り抜きというか録画というかできること.MP3で音だけで自分は十分である.何年間もそうして、車で音楽として聞いていた。
7月28日(月)この日は、病院長がうけた、救急の電話の下請けを先週から頼まれた。それが早速発動して、脳梗塞の既往のある人が転倒して股関節が痛い。再発から結果としての大腿骨頸部骨折などか調べたが、なにもなく、一旦帰宅。続いて顔面多発挫傷、両側膝挫創のヒトが救急搬送されて画像検査の後、5-0ナイロン糸で合計36針縫合した。そのZ市病院では初の外来縫合、カバーは何を使うのかなど病院ごとに違うので、教えてもらった。その引き続きの時間は3時間に及んだ。まあ、少しずつ、仕事が依頼されている。
7月29日(火)
7月30日(水)先日の
7月31日(木)朝から手術室で見学。勉強になった。CEA(血栓内膜剥離術)は血まみれになる瞬間が必ずあるが、なかなか危険である。以前はものすごく保険点数が低かったが、調べてみると、結構、上がっていて驚いた。43880点であった。これは上がっている。開頭血腫除去術は脳内血腫なら47020点であった。普通に考えたら、開頭血腫除去術のほうが簡単である。しかも「予後が良くなる」「救命できた」などの結果、利点がある。CEA(血栓内膜剥離術)は、「予防的な手術」なので、やった後も得られる達成感はあまりない。まあ、慣れたらどの手術も違和感ないかもしれないが。他に髄液漏閉鎖術が39380点であった。まあ、大体の点数はわかった。まあ、手術が済んで急いで帰アパして、急いで次の仕事の準備、PC入れて、頼まれていた観光本いれてなどしていて、「ボールペン、ペンライト」などのセットを医局に忘れているのに気がついたが、まあ良しとして、杖ついてアパートをでて最寄りの駅に着いたら、ヒトが急いで階段を上がっていた。気がつくと電車が来る時間だった。頑張って階段を昇って降りたが、右の股関節が痛くなった。なんとかJRに乗れた。自宅に着いて翌日の荷物をみたら、「病院用の着替え」を忘れていた。まあ自宅にも色々、下着、靴下などはあるので、なんとかなった。
7月になって、急激に仕事、私生活が広がった。新しい挑戦も始まった。