2月4日(火)2月になって、火曜日の外来はなくなった。大学からの医師が病棟にあがり、病棟医としてはたらきだして、当直明けに当日の手術に入らないといけないことからそのようになった。火曜日の13時からのリハビリ外来を自分がしないといけなくなって、行ったりきたりで忙しい。
2月5日(水)外来が一杯、19時からのバドミントンには、ラケットなどだけ持って行って、病院に帰ってきて紹介状など仕事。大変。普段は月曜日だったが、予約が取れなかったらしい。3月は体育館の予約が取れないらしいので、どうも、これで終わりの印象である。自分が提供していた「Aerosensa 700」も自分の持っていた備蓄もなくなったので、もうよいかと言う感じ。1本12個入りで、10本で5万円ぐらいまで値上がりしている。自分も今後は、時間もお金もない時代がくるので、大盤振る舞いはやめよう。
2月16日(日)朝から、○道市へ。8時半にでて途中のSA内にスタバがあってびっくり。後は、昼前について、牡蠣をたべて海の幸をいただいた。おいしかった。その後は、隣の島への連絡船乗り場は観光客などが多いため、釣り禁止エリアなので、岸壁から下をのぞいてみると、45cmぐらいの黒鯛がのんびり何匹もどこでも泳いでいた。幸せな環境。海岸沿いにそって、歩いてみた。
2月17日(月)朝、メールが来ていたので読んでみると、後任探しがまたひとりダメになったと判明。朝から、後任探しの報告。その医師は、秋にはもとの病院にもどるらしいので、当院に週四日、常勤はこれないとのこと。残念でした。午前中は、車で周囲を回った。そのまま病院へ相談。こちらの希望は伝えた。全体の状況は判明した。片道92kmの旅行だった。
2月18日(火)
2月19日(水) 夜19時からバドミントン、そのとき、中学生達が来ていた。それはそれ、普段来る女子が風邪気味で、その子も含めて女子生徒4名は来なかった。他のドクターが残りの男子生徒と体育館で遊んでいた。小さい子供もいたので「だるまさんが転んだ」をしてあげていた。そのとき中学生の男子生徒が、「だるまさんが殺した」をしたいと言っていた。どうも、チラと聞いてみた内容と後は、自分の想像。
まずは、体育館なら倒れることができるので、鬼?が振り返ったときに床にひっくりかえって、あるいはうつぶせで殺されいる様に寝ていないといけないらしい。そこでまだ転びかたが不十分あるいは動いていたりすると、鬼が「○○君、まだ生きている。動いている。」と指摘して、指摘された人は脱落するらしい。殺された感じもリアルに表現すれば、それなりに、身体を使ったおもしろいゲームとは思う。昔ながらのゲームの進化形の印象。
広まっているのか? バドミントンに関しては、3月は体育館の予約が取れないので、自分自身は、2017年から楽しくさせていただいて、ほんとに楽しかった。参加してくれた人々にお礼を言いたい。
これで終了であろう。
2月20日(木)後任医師探しの状況。週4日でオペもしなくて良いから、要は「留守番の番犬」みたいな仕事で良いからと見当してみた。一人あたってみようとした。「今は週に2日間しか外来をしていない」先生は、どうなったかを聞いてみると「病気で身体もやせて・・・」との説明をうけて、そりゃ無理だわとなった。なんか全滅続き。
新しい病院から、自宅(岡山市)までの距離は92kmあった。
その話をしていたら、「ここより遠いではないですか」と驚かれた。
定年退職の表だっての理由が、「自宅(岡山市)から75kmあって、ここは遠い。近いところに帰る。」という理由だったので、それだけからでは、意味がわからなかったのであろう。そこで技術の習得は1年有れば十二分。それから自宅(岡山市)に近いところにさらに異動する計画も同時に進行させている。普通の先生方?にはわからないと思う。
「世の人は我を何とも言わば言え、我が成す事は我のみぞ知る。」という決意がないと先にすすまない。県北のひとつの病院の脳外科をつぶす形で出て行くので、ただ漫然と定年退職なのでなどとは、初めから考えていない。
2月24日(月)しないといけないこと。脳外科のJNDの症例をいれる。4月からの非常勤2名のための「申し送り書」を作っておくこと。
2月25日(火)E-TAX, MBC(真庭ベースキャンプ:アパートの別称)の入らないモノ捨て。夜更かしをしない。