人間,社会人,家庭人,地域人,医師としてのセカンドライフ

UMAD season1 蟷螂の最後の一太刀

Eye catchの画像は3月2日に東京羽田空港行きの
飛行機の窓から撮った富士山です.
日本人にとって,特別な山なので,結構,飛行機に乗るので,
次回からは,いろいろ撮ってみよう.
そこらの神社,仏閣への参拝よりも敬虔な気持ちになる.

3月2,3日(土日)と東京で発表してきて,考えることが沢山あった.
まあ,バタバタしてPCも警察に落とし物として取りに行ったり,
拾ってくれたヒトに3月6日(水)に電話したら,
「コンピューターが無くなっても,急いで取りに行かないで大丈夫なのか?」
と心配されていたような.
まあ,どんな時でもなんとかやってこれたが,
土日に学会で出張であった話をしたら,
「ドクターでしたか」とあっさり理解された.

多くの人が,セカンドキャリアをあれもこれもしている.
自分も,やり残したことが沢山ある.
人生の後半は「やりたかったこと」「やり残したこと」
をすべき時間であろう.
もう,英会話も出来なくてよい.
米国留学したのも,もう25年前の話になる.
つらかった.
もう,やらなくてもよいものを捨てていこう.
ずっと郵送で定期購読していた,
「入門ビジネス英語」と「実践ビジネス英語」は
今季限りで更新は中止.
そういう意味では,読む時間も無くなった「プレジデント」も購読は更新せず.
ほんとに読む時間がない.読んで役にたったのは,ふるさと納税の話とか実家の十の問題とか,介護,親の面倒など「プレジデントの立場の人がする仕事」とは,かなり異なる部分ばかりである.
多くのことを成し遂げた?自分の医師人生で,唯一のできていないこと,黒歴史というか,達成出来ていないことがある.
その元凶になったのが,留学であったと思っている.
実力がなかったと言えば,それまで.
しかし,25回も論文を書き直しても,書き直してもボスのOKがでない.
それで,自分は,何がなにか分からない状態になっていた.
1年半ぐらいして,「どうして,あなたはモンキーとラットは違うという事が分からないのか?」と言われて,初めて気がついた.自分は「サルと人間は解剖学的にはこう違う.それが症状の説明にもなる」と一生懸命書いていた.それでは,話が合うわけがない.
お互い,同じ物,同じ結果から,違うことを言おうとしていた.
ボスはMDではなくPhDで,人間には全く興味が無かったのだが,サルの脳の手術を出来る自分を雇っただけ.自分は人間の脳に興味があって,サルはそのためのモデルと考えていた.
まあ,その当時,アフリカングリーンモンキーはAIDSウィルスがいることがわかり,中国赤毛ザルに実験のサルが変わっていっていた時代.
1頭が1600ドルしたはず.
10匹ぐらいが一括購入されていた.合計16000ドル.
自分の最初の年収は18000ドルで雇われた.
まあ,歯車として働いたら良かったのであろう.
自分なりの自虐ジョークは,
「Chinease red monkyの面倒をみるために,
Japanese yellow monkeyを一匹購入したということみたい」
というのをひらめいた.
毎日,気分が悪かった.半分うつ状態だった.
米国から帰ってくる途中に,バハマ,プエルトリコと一人で回ってきた.
明るい日射し.空と海.気さくな人達.
海岸で飲むピニャコラーダのおいしさ.
適当な店で食べる生のオイスター.
自分があこがれていたアメリカはラテンアメリカだったのかもと
2年半経過して帰国途中にむなしい思いをしながら,帰国.
ほんとに,面白くない仕事であった.

その時に,人間を理解することが少しできた.さらに個人的につらいこともあった.
「同じ単語でも,別の意味に使うヒト」
「同じ現象から,違う結論に結びつけるヒト」
そう言うヒトと,仕事や私生活を一緒に毎日時間を共にすると,
最初のうちは,「いいですよ」とこちらも我慢,相手も無意識に我慢.
しかし,それは根本的な意味で「無理」なので,
最後はダムが決壊したようになり,
「どうして,〇〇にならないのか」
「え,そんな意味だったの?.それなら初めからそう言ってくれれば」
「だから,最初から」
「え?」ということで,
自分に取っても相手にとっても時間の無駄であることが最後に判明する.
なかなかに,難しいが,どういう意味でその言葉を使っているのか,
最初に確認することがどれほど大事か,分かった事がたくさんあった.
「同じ日本語なら,同じ意味」ではない.
「同じ英単語なら,同じ意味」で使っているわけでは無い.
とある意味,人生の一部を犠牲にして,納得した.

そんなこんなで,論文を書くことがトラウマになったような気がする.
なんか,いつも,なにか書いていると気分が悪くなる.
発表は,スライドを作るときも,こうすれば良いというのは分かっていて,ここでこれを言って,オチはこのスライドでと全く問題なくできる.
全くストレス無く出来る.
全く心理機転が異なる.
優秀演題に選ばれても,自分ならそういうこともあるだろうと思っていたし,まわりも,全く驚かない.

若い他の人の英文アブストラクトなどは,その場で一気に直せるぐらいの力は付いていたので,重宝はされた.

自分には,出来ていないことがある.

役割は人それぞれだが,どんな人も多面的で多い.
自分の役割
1)家族,親族としての立場:父親,夫,年老いた親の息子としての立場.
皆にお世話になって,仕事を成り立たせていた20年以上の年月がある.
2)地域での立場:もっとも希薄で,全く周囲から期待されていない.
3) ネット上の自分:全く実際には遭うことも,話すこともないが,この情報で,何らかの「役に立つ」ことがある人.自分としては,備忘録的な役割がある.今の時代,現実社会の自分とネット社会の自分が異なるヒトも多いであろう.自分はそれはめんどくさい.
4)医療人としての立場:これが最も期待されている.病院内,親戚などからもとにかく聞かれる.外来も一杯である.
5)医学世界に住んでいる,医学のために身を捧げると誓った立場:これはもう,若いときの情熱は消えた.しかし,達成出来ていないことの最大の懸案事項.

自分が出来ていないことは,医学論文,症例報告でもなんでも書くこと.
表面的ないいわけは「忙しかった」であろうが,それはウソであることは自分が一番知っている.

3月11日の夜には,急性硬膜下血腫が運ばれてきた.オペ自体は一人で出来るが,麻酔科の常勤がいない.スタッフを3名呼び出すと次の日の病院の全体の仕事にも差し支えるなど,全く無理である.諦めて他院へ転送した.
自分の鍛えた刀は,もう返納の時である.

ということで,時間はできたことになる.
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
じっと,何かを考えている自分がいる.
自分でも,その時は,何かわからないが,考えている自分がいる.

地域医療を提供する中小都市の弱小脳外科に,今となってはひとりだけとなった脳外科医師と言う立場である.自分が来る1年前は3人いたが,自分が加わって4名になるわけでは無く,高齢化,別のことがしたいなどで,順番に消えて,今となっては1名になった.
逆の立場なら,自分としても,その医師になにかを期待することはなにもない.

最近,考えることというか,感じることは,
「人生を直視すること」
「死ぬ前にするべき事をして,死ぬこと」が人生であろうということ.
「他の人には他の人の事情がある.能力や得手不得手も全く自分とは異なる.
そんなものが,自分の人生に悪影響を与えないように気を付けること.」

最近は,林修氏の家庭教師から予備校教師になったころに,「勝てる場所で,誰よりも努力すること」と悟ったのが,一番,腑に落ちる感情である.

自分のできていないことは,原稿を書くこと.
今日は,少しかけて,気分が良い.

時間が出来たのは至福の時であろう.もういまさら雌伏の時ではあるまい.
自分の書きたいように書いて,それで,失う物は何も無い.
ダメなら爆死したらそれまでで,命まで取られまい.
ダメならそれでよい.
人間の後悔は,「なにかをしたことの後悔」ではなく,
「結局しなかったことの後悔」が大半である.

とにかく,一つずつ,最後のUMADをやってみよう.
UMADはyou madと語呂が一緒で気に入っている.
Unfinished mission as a Doctor(医学界に医師としてすべきことで,やり残したこと)との意味である.
Impossible Mission Force は映画のmission impossibleの部隊の名前である.
自分も一人でpersonal medical mission unfinishedを今年中にすましてしまおう.

一つでよいから完成させないと,最後まで,自信がないまま医師人生を終わらすことになる.もう30年も苦しむことからは開放してあげたい.

蟷螂の斧というよりは,斧も壊れかけても,最後の最後に死ぬ前に
一回でも大きな医学の世界のごく一部の世界でも,自分もいたことの記録を残して死んでいこう.
そんなこんなを考えながら,お気楽な毎日をすごそう.
フライフィッシングは自分をいつも慰めてくれるし.

 

 

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